水曜日、女房と二人で深川に行く。新宿線の森下で降りて、芭蕉記念館にゆく。そこを出て次は清澄庭園。松や楠。桜というよりは常緑樹の多い、見事に手入れされた庭園である。紀伊国屋文左衛門の屋敷跡を岩崎弥太郎が別邸とし、造園したもの。新緑の頃はもっとすばらしいだろう。
これは庭園内に移された芭蕉の「古池や」の句碑。ここに芽吹くばかりの桜の花があった。
この後、深川江戸資料館の展示を堪能して、清澄通りを「門前仲町」の方に歩いてゆく。仙台堀川の前の馬琴生誕地。ここは江東区の施設があった。次は堀川。
次の二つは、不動尊の商店街と八幡宮の横綱碑。これらもよかった。
一番良かったのは、深川不動尊と富岡八幡宮の間に位置する居酒屋「魚三」に参詣できたことだ。なんせ、あなた、午後4時オープンの店に三時半頃から長蛇の行列ができるのです。女房は最初は、飲兵衛のおじさんばかりで、いやだという感じでしたが、この行列に並び(30名ほどのあと)、店に入るや否や、手際良いお母さん、おお御母さん(仮にそう呼んでおきます)の指示に、すべてがうまく、段取りよく行われていくことに驚いて、印象をすっかり改めたようです。私ももちろんここは初めてでしたが、その魚のうまいこと、そしてびっしりとつまった席の両隣の見知らぬ人たちとの会話の面白さ(最初ですから、この店に関する私の質問に対する答えがほとんどでしたが)に、陳腐な言い草ですが時の経つのを忘れてしまいました。
ふと隣の女房を見ると、何十年ぶりになるのでしょう、彼女はなんと一合の熱燗を飲み干して、次の一杯を、声高らかに「おお御母さん」に頼んでいるところでした。「おお御母さん」は、ぼくらに「気をつけてお帰り」と声をかけてくれました。
深川の深い何かに出遭った、そういう一日でした。
2 件のコメント:
うちの家内はむすめ時代、深川八幡で巫女さんのアルバイトをしていたそうです。参拝客のお相手や、お神籤製作なども手伝ったそうで、お神籤はただの紙と区別するためにちゃんと魂入れの儀式をしたそうです。イスラームの食肉にやるハラールみたいなもんですね。
そうですか。
「霊域」を感じることの大切さということを最近考えます。なんでもいいのです。伝統のなかで日々変化しつつ息づくエネルギーを奥様のような経験が支えているのだと思います。
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