CARPE DIEM
教室にいる女子学生たちのなかで、去年出席不良で私が単位を与えなかった子がいた。私は恐縮しながら、どうして?と聞いた。彼女はきまり悪そうな顔をして黙っていたが、今年は、と呟いた。詩を書くことを手助けする授業だが、私は何を手助けしたのだろう? (CARPE DIEM 1)
水と光りと微生物を中心に考えるべきでしょう、古楽器の調律を専門とする人が静かに話す。菌を殺してきたことを反省しなさい。あなたの奥さんは亡くなった父親のためにベートーベンの全ソナタを今日まで弾いてきたのではないのか。すべては照らし合っているのです。(CARPE DIEM 2 )
だれの声、なんという楽器、吹いているのか、弾いているのか、わからないが、とてもなつかしい。ハーモニカ。ピアノ伴奏だから、管の響きに聞こえたのだ。Toots Thielemans 。Marian McPartlandと対話しながらの番組。前世紀初からここまで歩いてきた人の声の響きに鼓舞される。(CARPE DIEM 3)
そこからはじき出されている。発酵のところだよ…。そこまで待てないから腐食で終わるんだ。我慢と強情。秋は満ちてやって来る。教訓を聞き流して、芒が笑っている。セロニアスが単純率直に聞こえるように弾くstraight no chaserを呷る。(CARPE DIEM 4)
月の砂浜に寝そべって、遠くに輝く白い水平線を眺めていた少年の日からやり直すことができたら何をする?そのまま、そこでガジュマルの木に棲むケンムンになって、果てしなく忘れられてゆき、年老いて帰郷した誰かの流す涙に身を変えるだろう。(CARPE DIEM 5)
繰り返しのところで息継ぎをする。その草の萎れたところに眼が引きつけられる。近代文学が好きになったという体操好きの少女を好きになった。たとえば「ナイチンゲールはバークリー広場で歌った」など。欅の肌に触れた指先の消えた露。(CARPE DIEM 6)
静かな十月の朝の時をゆるめよ!坂道の金木犀から、反語の匂いが消えて何年になった?川沿いのコスモスが私の中で揺れなくなってから何年経った?静かな十月の朝の時をゆるめよ。そこに残っているかすかな夏の光りをおまえが愛し終わるまで。(CARPE DIEM 7)
綴れよ刺せよ、肩させ裾させ、と蟋蟀は鳴くという。明日の仕事の準備をしながら、耳を外に凝らしてみる。確かに鳴いている虫がいる。室内では、北村太郎のように言えば「刻々と生きている」わたくしが泣いているのである。 (CARPE DIEM 8)
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