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2010年12月21日火曜日

another bus

青山真治の「ユリイカ」をケーブルテレビで観た。初めて。長かったが、(映されているすべてのものの)距離感(観)と物語と映像と色彩が、丁寧だがしかしどこか逸脱した脚本のグルーブ(ノリ)に乗って飽きさせなかった。終日陰鬱な雨、八王子は。

役所はいい役者だと思った。自分を消すことを、もう少し香川なども役所から学んだらどうだろうか。カラスの鳴かぬ日はあっても香川の出ない日は最近ないようだ。

土曜日(18日)で今年の仕事は終わった。それから、ぼーっとしている。

2010年12月19日日曜日

Little is left to tell.

昨日観た、トラン・アン・ユンの「ノルウェイの森」が夢のなかの出来事のようにすっかり忘れ去られてしまっているのに今朝になって驚いた。そういうことを狙った映画なんだ、原作もそうだったんだ、という驚くべき確認。

美しい映像、トラウマたちの、しのぎあいの物語。性愛の袋小路を生の倫理として生きなおそうというフラットな男のだれも傷つけない閉じられた妄想の世界、いやその一歩手前で映画は止まっているというべきか。「わたしはぬれたことがなかった」というナオコの台詞。トラン・アン・ユンの映画で一番美しいのは、そういうナオコとワタナベクンをあの時代のなつかしいアパートの窓のなかに閉じこめながら、永遠にわたるかのように降り続ける雨だ、ぬれた雨、しかし、この雨でさえ、いやらしいフォークソングの雨とはちがい、ぬれながらどこか乾いている、その雨の映像だ。

2010年11月1日月曜日

佐藤泰志・国分寺・海炭市

11月3日(文化の日)、国分寺駅8階のエルホールというところで、『佐藤泰志ゆかりの国分寺で海炭市叙景に出会う』というタイトルのイベントが午後2時から開催されます。

 佐藤泰志はご存じの方も多いと思いますが、すぐれた小説家で、痛みと歓び、無残さと救いが同居したようなすばらしい光と影に満ちた青春の小説を多く書きました。
 かれの残した「海炭市叙景」という作品が、彼の故郷北海道函館の市民発のエネルギーの結集の賜物として映画化されたことはメディアなどの報道などにより耳目に新しいところです。佐藤が生前住んでいて、その作品の舞台にもしている国分寺で、この映画の応援を兼ねて、監督や出演者などのトークや朗読などを行います。詳しいプログラムは以下の通りです。あがた森魚さんはこの映画に出演しています。

プログラム

第1部/2時~2時45分
◆予告編の上映
◆俳優・キタイマコトさんによる
「まだ若い廃墟」の朗読
◆あがた森魚さんミニコンサート(赤色エレジー他)

☆休 憩/15分

第2部/3時~4時半
◆トークショー
出演/熊切和嘉監督
   越川道夫プロデューサー
あがた森魚さん
岡崎武志さん(書評家)
◆観客からの質疑応答
(会費は千円ということです)
詳しいことは、この企画の中心である井田ゆき子さん(泰志の高校の後輩)に。
TEL;090-7724-6311
 FAX;042-361-8728

 ぼくは佐藤とは面識がありませんが、佐藤の友人たちの一人木村和史の知り合いです。また佐藤が現在のようにまとめられてはいない「海炭市叙景」の1、2、3すなわち「まだ若い廃墟」「青い空の下の海」「冬を裸足で」を1988年最初に発表した雑誌『防虫ダンス』(加藤健次編集)に書いたこともあります。佐藤の海炭市叙景と一緒の号だったかは定かではありませんが。かれの長編「きみの鳥は歌える」などをリアルタイムで読んだことを思い出します。
 本来なら木村がこの会の司会をするはずでしたが、よんどころない事情でできないということで、ぼくが代わりにやることになりました。皆様のご来場をお待ちします。

2009年1月12日月曜日

CHE

1月10日(土)

村上龍が編集長をつとめるメールマガジンを読んでいたら、映画「チェ・ゲバラ二部作」(以下この映画に言及するときは”CHE”)の推薦のために配給会社から依頼されて村上が書いた文章が掲載されていた。私はそれを読み、いたく感動したので、先日の授業のなかで紹介した。以下の通り。

― 08年9月のいわゆるリーマン・ショックで始まった世界的経済危機だが、循環的なものではなく、歴史の転換点だとわたしは考えている。金銭的利益だけを優先する企業戦略が破綻したと見るべきで、求められているのは景気回復などではなく、価値の転換であると思う。チェ・ゲバラが、生涯を賭して求めたのは、まさに金銭的利益以外の価値だった。人間の精神の自由と社会の公正さ。シンプルで、そして間違いなくもっとも重要なものだった。社会主義イデオロギーを世界に広めるために戦ったわけではない。イデオロギーはツールに過ぎない。どのような苦境にあっても向上心を忘れず、読み書きできる素晴らしさを仲間に教え、負傷した同志を決して見放すことなく、病気を患った住民を親身になって治療した。喘息の発作を起こしながらもキューバとボリビアのジャングルを行軍するチェ・ゲバラを、この映画は初めて現実化した。それは人類の希望そのものだ。わたしはその姿を、決して忘れることがないだろう。―

授業のあとに、受講者のS君に、今日この大学で、この映画の無料の試写会がありますよ、と言われた。10日が一般公開だったが、その前日9日の金曜日の話である。一挙に2部ともやるのだろうか?などとぼくは反問したが、S君もよくわからないようだった。風邪気味だったし、しかも、ない知恵をしぼりきった授業のあとで、ぐったり疲れているので見る気力はなかった。近くの映画館で見ることにします、ありがとうということで別れた。(立教にはラテンアメリカ研究所があるから、そこでこの映画に関係した人たちの筋で試写会が行われる、行われたのだろうと、これは後で考えたこと。)

村上の文章に戻れば、現下の世界不況を「循環的なものではなく、歴史の転換点だとわたしは考えている。金銭的利益だけを優先する企業戦略が破綻したと見るべきで、求められているのは景気回復などではなく、価値の転換であると思う」と言い切ったところ。小手先の景気回復だけが論じられているなかだったので、心に残ったのである。そして、こことゲバラを結びつけたところ。なるほど、そうだよなと思った。しかし、ゲバラの時代から遠く隔たったのも事実、その経過のなかで、壁の崩壊をはじめ変化のメルクマールとなるべき事はいろいろあった。あったが、その「変化」や「改革」の、たぶん最初の志にはあったもので、なしくずしにされたものやこと、いやむしろその挫折をこそ商売に変えてしまうようなやり方の限界(資本主義の限界といってもいい)を考えたときに、ゲバラの生き方とその精神をいつでもあらためて探求したくなるのはきわめて健全な精神の在り方だとぼくは思う。「革命」的な生のシンボルというのではない。ゲバラの生き方、精神をある種のシンボルと考え、そうしてしまうことほど思考の怠惰を表明するものはない。この映画は、そういう意味で、きわめて冷静にハバナ進行への戦闘と、「革命」後の国連でのゲバラ演説とをオーバーラップさせながら、ゲバラを具体的・歴史的に探求してゆく映画のようである。ただし、この映画の公開の仕方に対しては異論がある。その不満は、なぜ、2部を一挙に見せないのか、ということに尽きる。彼の栄光と悲惨、その両方をこの映画は志向しているのではないか。

橋本のMOVIXで映画を観終わったあとに、カタログのようなものを買った。そこには次のようなことが書かれていた。

― …2008年、生誕80周年の期に、“ある男の半生”を描く1本の作品が、カンヌ国際映画祭を「悲鳴と喝采」で沸かせた。愛と情熱の革命家、チェ・ゲバラの生と死を描く『CHE』2部作である。総上映時間は約4時間30分。20分の休憩時には特例の「キットカット」と水が配給された。上映会場は、PART1『チェ28歳の革命』で若き革命家のヒロイズムに酔いしれ、PART2『チェ39歳 別れの手紙』では、その革命家の劇的な死の瞬間に悲鳴があがる―。
そしてスティーヴン・ソダーバーグ監督とチェ・ゲバラを演じたベニチオ・デル・トロの、「チェを映画化する」ことに対する一切の妥協もない姿勢と、他に類を見ないスタイルによって完成した「新しい映画の誕生」に、惜しみのない拍手が贈られたのだ。 ―

これはだれが書いたか知らないが、この宣伝子は、自らがこの映画や、その「原作」たるべきCHE(個人的には、ぼくは、いやぼくらの世代はと信ずるが、チェという革命家の、愛称より、ゲバラという名字を言うのを好むはずだ。きれいな高校生の女の子のようなモギリ?嬢に、3時20分からのゲバラの映画を一枚、シニアでと購入時に言ったところ、彼女は、当映画館にはそのような映画はかかっていません、というような、あわれむような目つきでぼくを見たので、チェと言い直したのだった。)の精神を明らかに裏切っていることを知るべきである。

きみの好きなチェが一番嫌ったのは、「特例」を作って、この観客たちにはすべてを見せる、そうでないものには見せない、そういうことではなかったろうか。いわんや、休憩時間の「キットカット」などにおいておや。訳知り顔に、いい加減なタイトルを二部作のそれぞれにつけて、観客には「若き革命家のヒロイズムに酔いしれ」などと、おそらく行動する人間としてのゲバラが一番抑制しようとした心の在り方に酔えと言うかのようでもある。着飾ったカンヌのセレブたちが酔いしれた4時間半を、ゲバラはどう思うだろうか?

ぼくが一番、この映画で感動したこと。それはスペイン語の響き。ゲバラを演じたデル・トロのスペイン語は、ゲバラとどう違い、どう同じなのか。そういうことを、とても知りたく思う。同じであることをもちろん、求めているのではない。デル・トロという俳優の面白さやソダーバーグ監督の面白さは、これら宣伝の扇情的なパンフレットの域をゆうに超えている。水村美苗は英語を「普遍語」と規定し、そこから、あられもない物語を紡ぎだしたが(その作業自体を否定はしない)、ここではスペイン語が「現地語」として、しかしきわめて「普遍語」的に響く、そしてそのことを作り手たちがあえて選んでいることがとても大切なことである。どういうことか?いつの世でも、「現地語」と「普遍語」の対抗を生きるしかなく、「普遍語」の圧政やその便利さによって「現地語」は死ぬはずもない、ということだ。そして水村の言う「国語」を拒否するのが「革命家」ではないか。

再度書く。スペイン語の美しく強い響き。この映画はそれがすべてだ。ぼくの友人に小松さんといって、スペイン語の堪能な、高校の世界史の教員がいる。小松さん、この映画のことについて今度一緒に酒でも飲みながら語り合いましょう。

2008年4月1日火曜日

No country for old men

晴れて自由人というわけでもないが、次に職場に行くのが4月5日なので、今日は立川に出て映画を観てきた。千円だった。タイトルの映画でアカデミー賞をとったコーエン兄弟のもの。

この監督の映画は初めて。なにもわからないままに観たのだが、曰く言い難い映画だった。変な映画、不条理な映画。テキサスの荒野と寂れた町を舞台に繰り広げられる神なき現代の寓話とでも形容するのが一番適切かも。ただし、血まみれの寓話だが。

リアルすぎてスーパーリアルな殺人者、それにからむ老年の保安官の、どこでかみあうかもわからぬ独白と追跡がすべてで、結局、普通にあるように保安官が最後には殺人者を捕まえるという筋ではないのが、この映画の訴えたいところなのだろうが、私にはあまり迫ってこなかった。

ノルテ書店で、フラナリー・オコナー全短編(上)と、やはりオコナーの「賢い血」という長編を購入した。ともに筑摩書房だが、後者は「ちくま文庫」の一冊で、須山静夫という人が訳している。2、3ページ読んだだけで、この訳のひどさについていけなくなるような代物だが、我慢する。前者の短編集はハードカバーの高価なものだったが、最近、原文で読んだ、私にとってのはじめてのオコナーの小説で印象深かった"The Life You Save May Be Your Own"が「生き残るために」という邦題で収録されていた。こちらは横山貞子という人が訳している。

風の強い日だった。