2010年6月27日日曜日

論争のクロニクル

『吉本隆明 論争のクロニクル』(響文社)をその作者、添田馨さんから昨晩頂戴した。木村和史と「飢餓陣営」の佐藤さんと、添田さんの四名で東京駅八重洲地下街の居酒屋で飲んだ。久しぶりに三名とも会えた。湿気と電車の中の冷房で寒さを感じていたので、燗酒を多量に飲んでしまった。今日は少し二日酔い気味である。『吉本隆明 論争のクロニクル』は添田さんが「飢餓陣営」に連載していたものに書き下ろしを加えて全8章の堂々たる吉本の論争史を中心にした吉本隆明論である。4千部出したということだ。これには驚いた。それだけ、詩集とは異なり需要もあるのだろう。たしかに、この本は吉本とその論争相手、そしてそのテーマを時系列に扱っているので、時間軸からながめて当時のアクチュアリティがどこにあったのかなどを改めて知ることができて、勉強になる。売れるだろうし、売れてほしい評論書である。加藤典洋さんが帯文を書いている。

2010年6月23日水曜日

サムサの神話

天沢退二郎さんの朗読を聴き、ご持参のワインを参加者で飲み、一緒になった新井豊美さんと東京駅八重洲口一番街で食事をし(新井さんは食べきれないと言って、天ざるのエビ天ぷらを一本ぼくに恵まれた)、長駆、国立、八王子に帰る。いま帰宅。東京は遠い、遠いが天沢ワールドに深くさらわれた時間を喜ぶ。

朗読された詩は、最新作から(このような高名な詩人が自作詩の発表の場がないと言われた、だからここで朗読する、みなさんのために書いている、とも言われた、そのことを今考えている)、「サムサの神話」、「―通奏低音のこころみ―から、 「降雪予報集」」、「トキの時」、「アリス・アマテラス」

すべての詩が宮沢賢治の詩や童話と深くで響き合っているような気がしたのは言わずもがなのことだろうか。

童話の「木の橋」の一節。これも面白かった。私は、つげ義春を連想した。

翻訳、クレティアン・ド・トロワの抒情詩と「フィロメーナ」抜粋から。

この中世の詩人の翻訳に私は非常に関心を持った。

以上を一時間半ぐらいで朗読された。その朗読は滋味あふれるもので、優しく豊かな授業を受けたような感じがした。

2010年6月20日日曜日

湯殿川

 6月になってはじめて、湯殿川の散歩に出る。このことを思うと、この月の忙しさがよくわかる。久しぶりの、片倉城趾、鯉たち、菖蒲たち、枇杷や桑の実はすでになり、早苗が用意されている八王子米の田たち、吐く息吸う息が腹に落ちそこから生まれる、その安堵にひたる。

2010年6月15日火曜日

片手の鳴る音は?

なんとか怒濤の6月を乗り切ることができそうである。畏友、解酲子の言を借りれば、疲労困憊セグンドではあるが。

息子の結婚式、すなわち弟の結婚式のためにアメリカから帰国した娘たちとの小旅行、それに何やらと、この月の忙しさは前代未聞の助という感じだった。それでも京都で、オマー君が、華麗なムーンウオークにのせてビリー・ジーンをカラオケで歌う(そう、われわれは新幹線のプラットホームが見える京都駅近くのカラオケ屋で歌会を開いたのでアリンス)のを聴くことができたのは旅の疲れも忘れる幸福な一時であった。私は妻と唱歌「おぼろ月夜」などを二重奏で歌い、娘とそのフィアンセの喝采を浴びたのである。ガラス窓越しに人の行き交いがよく見える京都駅の方に向かい、ひとしきりThank you Kyouto!などと両手を挙げ、蛮声を上げたりしたが、これはすぐに家族から止められた。

オマー君に京都で一番よかった寺はどこかと聞いたところ、龍安寺のrock gardenだということだった。ここは比較的修学旅行の生徒なども少なく、縹渺とした石庭に向かいしばし沈思黙考の時間を持つことができたからであろう。そこで私はオマー君に、サリンジャーのnine storiesのエピグラフに掲げられている、以下のアメリカで一番有名な禅の公案について話してみようかと思ったのであるが、無粋な気がしてやめたのであった。

We know the sound of two hands clapping.
But what is the sound of one hand clapping?
            両手の鳴る音は知る。
            片手の鳴る音はいかに?

彼らも今日帰米した。我が家の2名と1匹の寂しい日常が息づく。

2010年6月9日水曜日

6月のPied Beauty

6日、息子の結婚式。根津神社で。
いい天気で、簡素で心のこもった結婚式だった。友人のTroyが披露宴での乾杯の音頭を取ってくれる。
アメリカから娘とそのフィアンセのOmarも来てくれた。

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2010年6月2日水曜日

「友愛」の行く末

鳩山首相が辞めた。小沢幹事長も。宇宙飛行士の宇宙滞在よりは100日ほど長く、独裁者たちよりは限りなく短い在職期日であった。日本の首相の賞味期限は1年を待たないということが4名によって実証された。

先日、雁屋哲のブログを読み、「真の敵は誰か」ということで、それはアメリカであるということが説得的にそこには書かれていた。なるほどと肯くことが多かった。1972年の沖縄返還時からの密約のつけは巨大化し、それを結局は待望の政権交代を果たした民主でも清算できなかったということなのか。1972以前からの問題でもある、安保にからんで一党独裁のように続いてきた自民、いわゆる55年体制のトラウマをこの政権こそは真っ当に見据えて、アメリカと対等な関係を築かなければならなかったのに、またも潰えたということでもある。

それを未だ生き残る「巨悪」たち、某新聞社主、某首相経験者、某某などや、あいも変わらぬ安保フェチストたち、安保オタク、冷戦思考のお化けたち、そして検察たち、滅び去るべきマスメディアたちの、野合が鳩山を結局はつぶしたということになるのか。

鳩山の辞職に、中国は即座の反応をし、大々的にニュースで取りあげた、ロシアも、韓国も。今の時点で何の反応もないのがアメリカ。それでもnhkのニュースで、アメリカ特派員は、鳩山の普天間の「迷走」ぶりに、不快を示したなどとアメリカ政権(まだ寝ていて、なんの反応もない)の従前からみんなが「耳タコ」状態になっている、おきまりのアメリカの反応を最初から明示し、鳩山辞職への、アメリカのいまだなされぬコメントの創作をもいとわぬ解説ぶりだった。要するに、戦後からの刷り込み(アメリカは先生、日本はまだ生徒)のはなはだなること払いがたしということがよくわかる。

友愛の次は争闘か。

今、ツイッターを見たら、鳩山元首相が次のように呟いていた。

―hatoyamayukio 本日、総理の職を辞する意思を表明しました。国民の皆さんの声がまっすぐ届く、クリーンな民主党に戻したいためです。これからは総理の立場を離れ、人間としてつぶやきたいと思っています。引き続きお付き合い下さい。―