2010年3月25日木曜日

雨の花

○ 紙衣(かみぎぬ)の濡るとも折らん雨の花     芭蕉
 というような風情の雨ではないが、嘘でもいいからと思って。

 「あすは檜の木」とかや、谷の老木のいへる事あり。きのふは夢と過て、あすはいまだ来たらず。ただ生前一樽のたのしみの外に、あすはあすはといひくらして、終に賢者のそしりをうけぬ。
○ さびしさや花のあたりのあすならう      芭蕉
 前書きも含めて、好きである。
○ Stefan George(1868-1933)
 
 ゆたかな宝のかずかずを惜しみなく使いはたせ、
 ながいあいだの旱(ひでり)が草木を喘がしたのちのように
 いまここできみたちは熟した手足に
 柔和な雨をそそがねばならぬ。

 夕べの星があまやかにうるんでまたたくとき、
 ほてりとかげりがこもごもにきみたちの心をいざなうとき、
 そこに実ったこよない果実を摘みとって、
 あたえられたかぎりのものを享受したといいうるようにするがよい。

 そしてきみたちが心のなかで早くも遠方の形姿に接吻することを
 痴愚と名づけよ、おそるべきまがごととせよ。
 そしてまたまことの接吻と 夢のなかで受けた接吻とを
 融け合わすすべを知らぬことを。

 ゲオルゲの「魂の年」より、手塚富雄訳「ゲオルゲ詩集」(岩波文庫1972年)より。

 これは芭蕉の「あすなろう」の寂しい響きとは異なるエピキュリアン、ただし限りなく倫理的なエピキュリアンの歌だが、その不可能性の美しさの歌でもあるようだ。そこで両者の象徴が響きあう。

2010年3月24日水曜日

クラス会

 連休の中日の21日に、15年前のクラスの同級会に招待された。
もう(旧担任である私の目からはいつでも15歳のような若さの少年少女としか思えない)30歳になった面々が9名あつまった。女子は5名、薬指に結婚指輪が光る「子」もこれからの「子」もまぶしいぐらいに美しい女性である。男子はバリバリの働き手になっていて、今が一番苦しさも楽しさも最高潮の時だろう。とても気持ちのいい会だった。高校一年五組のときの、引きこもり気味の老担任を招いてくれた町田さんありがとう。

 そしてここであなたの叔父さんの宣伝もしておきますよ。何を隠そう!?NHKの大河ドラマ「龍馬伝」で、土佐藩の開明派吉田東洋を演じている、あのおそろしいまでに個性溢れる田中泯、舞踏の大家でもあるが、彼こそは町田さんの叔父であり、町田さんとぼくの敬愛する役者であるのである。このドラマを愛好する理由の半分以上もそこにあるのだ。もうすぐ半平太などのチンピラにやられる運命なのが残念だ。みなさん今度の日曜日の田中泯をお見逃しなきように。

2010年3月18日木曜日

すずらん

 専任のT氏が国立付属の高校に異動することになったので、われわれ非常勤も全員そろって、合計12名でT氏のための国語科お別れ会を兼ねた昼食会に出席する。八王子のミューゲ・ブランという名のフランス家庭料理のお店。八王子は10年住んでいるけど、知らない店が一杯ある。ここもそのなかの一つ。デザートと紅茶コーヒー付きのランチコース。解酲子風?に書けば「真鯛とホワイトアスパラのあさつきソース」などという料理が美味だったが、アルコール類は車の関係や、専任は終わったら学校に戻って仕事ということもあってだれも頼まないし、女性の多い中で私一人が頼むというような元気もまったくないので、リンゴジュースと水で代えた。でもおいしいフランス料理を食べながらワインも飲めないのはなにか拷問にあっているようなものだった。ミューゲ・ブランとはスズランということが、店のちらしに書いてあった。

2010年3月16日火曜日

つねに青眼なりき

 12年ぶりにクリスと彼の娘に会った。ケイちゃんと、われわれが彼女の4歳のときに呼んでいた赤ちゃんは今は16歳のハイスクールの生徒で、アイビーリーグやその他の名門大学からのオファーを待つような才媛になった。
 一週間の短い滞在だが、彼の義理の弟のトロイの家で今日旧交を温めた。昔のようにビールを飲みながら、昔のように詩の話をし、ブコウスキーナイトの再演をやらかした。そこにひとり和史がいないのが寂しいので、トロイが電話をする。和史は入院していた。ここには詳しくは書かない。退院の目途はたっているという。安心でもあり、心配でもある。頑張ってくれと祈るのみ。
 

2010年3月15日月曜日

2010年3月8日月曜日

4首

益もなき原稿書きて寒き夜にウイスキー飲みてますます寒し

まなかいに乱れさくかに幻影のきらめく夜に一人酒飲む

寒いよねあの店つぶれアル中の友がうたひし襟裳の岬

バーボンのそこに秘めたる貧しさをすべて呷りて吐きたきこの夜

2010年3月7日日曜日

氷の僧

昨日、先輩から金目鯛の干物を頂戴する(宅急便で送られてきた)。千葉の九十九里からのもの。大きなものが6枚もあった。お隣に一枚だけお裾分けする。「一枚だけだよ」と女房に厳命している自分がいた。日本酒がなかったので、二月にアメリカ人の友人が持って来て一緒に飲んだテキサスの地ビール、シャイナ・ボック(Shiner Bock)が三壜ほど残っていたので、それを「アテ」として、この金目鯛の干物を、先輩のなごやかな顔を思い出しながら、ゆっくりと食べた。

 時季外れかも、 でも今日の寒さに
○折々に伊吹を見ては冬籠り 芭蕉

○水取りや氷の僧の沓の音  芭蕉

○隅々に残る寒さやうめの花  蕪村

○春雨やもの書かぬ身のあはれなる 蕪村