ラベル 詩を読む の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 詩を読む の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年9月29日土曜日

墓のうらに廻る

友人との読書会で、今日は『去来抄』の「同門評」のパートを読んだ。とくに心に残っているのは、次の記事だ。

―笠提げて墓をめぐるや初しぐれ― 北枝

先師の墓に詣でての句なり。許六曰く「是は脇よりいふ句なり。自ら何の疑ありて、や、とはいはん」。去来曰く「や は治定嘆息(じじょうたんそく)の や なり。かの常に人を訪ふには、笠を提げて門戸にこそ入れ。是は、思ひのほかに墓をめぐる事哉や、といへるなり。およそ、発句は一句を以て聞くべし。… ―
切字「や」の解釈がテーマだ。許六はこの「や」を疑いの「や」と取る。そうであるからには、「第三者が北枝のことを詠んだ句となる。自身の事なら何の疑いがあって、や、という疑問の語を使ったのであろうか」と言う。これに対して去来は「や」を「治定嘆息(じじょうたんそく)の や 」と取る。これは現代の高校の授業では詠嘆、感動の「切字、や」ということだ。「や」はこの時代には、両様の意味を持っていたというのも面白いが、その二つの意味が限定されていく分岐点がここにあるような気もする。

去来の言うことが妥当である、とくに「発句は一句を以て聞くべし―発句は一句全体の句意で判断すべき―」ということからも、と、註釈者(栗山理一)は去来の意見の妥当性を言うが、それはそれとして、許六の疑いの「や」と第三者性の理解の仕方も捨てがたいと私は思う。自らの、師への追悼のあまりの彷徨(墓をめぐる)を、第三者の眼によって捉え返すところに、北枝という弟子の芭蕉追慕の玲瓏とした悲しみを感じるのだ。

読書会のあとに、いつもの激安中華で飲みながら話した。友人が言うには、この北枝の句を見た時にすぐ思い出したのは、尾崎放哉の「墓のうらに廻る」という句だった、と。ここから破滅派の俳人はなぜ自由律に多いのか、最近刊行された正津勉さんの『河東碧梧桐 忘れられた俳人』―この人こそ自由律の源だが―の感想とか、破滅派讃仰の酔っぱらい談義になだれこんだのであるが、北枝と放哉の句の寂しさと悲しさは清らかなまま汚れることはない。

2011年7月14日木曜日

羽生槙子『花・野菜詩画集Ⅲ』を読む。

 羽生槙子さんの『花・野菜詩画集Ⅲ』(開成出版)を今朝読んだ。その絵と詩は、この世の地に根を下ろす「花・野菜」のみならず、生あるものすべてとの、常に更新される瑞々しく、まぶしい結びつきに満ちている。彼女は「いっしょに暮らしている人」羽生康二氏とともに、季刊詩誌「想像」を年4回発行されている。一番新しい号のナンバーは133号だから、単純に計算して33年にわたる詩誌である。その息の長さに驚くが、何よりもその内容のゆるぎなさに打たれる。それは権力や権威の強制や抑圧に抗して、一人の市民・人間として、それぞれが自立しつつ共生できる在り方を模索し鍛えてゆくものだと私は思う。私のもの言いは大げさに聞こえるかも知れないが、お二人の根本にあるものは槙子さんの詩集所収の次の詩からもうかがえるものと同じである。

 
 冬になって 庭の柿の木の葉は残り少な
 その中の一枚の葉が
 散る間合いを測っている とふいにわたしにわかった
 そう 微風が二度
 三度目の微風で 葉は
 枝からそっと手を離した ゆらゆらと
 ゆったり やわらかに 地に載った
 それは安心して眠りに入る形
 柿の葉 なんてすてきなんでしょう
 庭の草木はすべて神秘だと その時わたしにわかった
(「柿の木の葉」)

庭の草木に「神秘」を見る眼。「安心して眠りに入る形」を見守る眼。この眼を私も槙子さんから受け継ごうと思う。そして、「神秘」や「安心して眠りに入る形」を動揺させ、不安に陥らせる人の業、経済や競争の秤を見るだけの「眼」、それがもたらしたものこそ、この国の「原発」災害ではないだろうか。

  わたしは年寄りになった。原発を何としてでも今、いったん全部止めてほしい。そして生きている間に原発を持たない国になることを求めて人々の間に議論が起こり、政治が変わるきっかけになってほしい。この春、野菜を作るかどうか、少し迷ったけれど、4月、庭にピーマンとミニトマトの種をまいた。
詩集の「あとがき」だが、私もこの希望を同じく持つ。それとともに、槙子さんの蒔いた野菜たちの命が傷つけられることなく育ち、われわれの命との新鮮なまばゆい結びつきをこれからももたらしてくれるように祈る。

2011年6月23日木曜日

エメ・セゼール「帰郷ノート」を読む1

「私が、私だけが、最後の津波の最後の波の最終列車の座席を差し押さえるのだ」(エメ・セゼール「帰郷ノート」ノート1)こういう詩行を発見すると、そこで立ち止まらざるをえなくなる。植民地主義という「津波」と自然のそれ。

2011年6月1日水曜日

連句雑俎

七部集輪読の日(5月28日・土)

 ぼくの発表。「猿蓑」の第一歌仙「鳶の羽」を読む。岩田氏は所用あって欠席。林氏とぼくのみ。いつもの会議室がとれなかったので、2階の和室。その半分は仕切ってあって、囲碁クラブのような集まりが使用している。碁石の音が気になったけど、次第に歌仙に集中していった。この巻は去来、凡兆、史邦、芭蕉先生の四名での興行。表六句を書いてみよう。

鳶の羽も刷ぬはつしぐれ      去来
一ふき風の木の葉しづまる     芭蕉
股引の朝からぬるゝ川こえて    凡兆
たぬきをゝどす篠張の弓      史邦
まいら戸に蔦這ひかゝる宵の月   芭蕉
人にもくれず名物の梨       去来

このはじまりはやはり今までの歌仙(「冬の日」などの)とは違っている感じがする。去来の発句は芭蕉の、この集の巻頭句「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」を受けている。発句の味わいは蕪村晩年の「鳶」図にきわまると安東次男は述べている(「芭蕉七部集評釈」)。「濡れに立ち向かう者の身を引き締めた風姿」を蕪村の絵は伝えて余すところがないという。その絵を背景に安東は去来のこの句を読む。発句の読みの姿勢が定まると、全体の読みも調整されるというのがぼくの経験だ。安東のおかげで蕪村の絵のイメージがこの歌仙のガイドとなった。格調の高さ、「さび」や「かるみ」、門外漢にははっきりと分からないながらも、ああこういうところだろうなという感触。なかでもいいなと思った句がある、それは去来の「火ともしに暮れば登る峰の寺」という長句など。この句が心に残っていた。

柳田國男は繰り返し俳諧の魅力について書いている。自分でも折口信夫などと一座して歌仙をいくつか巻いているのは有名である。彼が英国にいたころ(たぶん、国際連盟の委員としての仕事であろう)の話。
「大震災の時にはロンドンにいたが、家郷の音信を待つ間、その愁ひを忘れるために、西馬校本の七部集を携えて北の海岸を巡歴し、車中であの付合の大部分を暗記して来たのが、今でもまだ切れ切れに、寝らぬ夜の楽しみに残っている」(『俳諧と俳諧観』)と昭和24年ごろに書いている。3・11を経験した現在に照らして含蓄があって忘れがたい一節だ。

もう一つ『七部集の話』では次のように書いている。
俳諧、芭蕉についての本が「この頃」(昭和・戦後)までにあまりなかったということを述べたあとに、
「私などの場合をいふならば、明治32の末にホトトギス発行所から、俳諧三佳書といふ小形本が出たのを早速買い求めて猿蓑だけを読んだ。子規氏の解釈は主として発句をほめていたが、私などの楽しいと思ったのはやはり連句の方であって、たとへば、
  火ともしに暮れば登る峯の寺
とか、又は、
  茴香の実を吹落す夕嵐
とかいふやうな付句を、間もなく暗記してしまふほど吟誦したものであった。しかしこれがただ七部集といふものの一篇であることを知るだけで、…(中略)…十何年もしてから始めて西馬の標注七部集といふ二冊本を手に入れた。…(略)人を馬鹿にしたやうな、わかりきったことしか註釈して無いといふつまらぬ本だったが、それでも縁が有って今に持ち伝へているのみでなく、私はこれを携へて二年余り、西洋の諸国をあるきまはり、あの大震災直後の愁ひ多き数週間を、これにかじりついて暮らしていたこともおぼえて居る。今となっては棄てることのできない記念の書である。」

ここでも大震災のときに、七部集にかじりついて我が身を支えたというようなことが述べられているのが興味深い。これを引用したのが、柳田がまず覚えた付け句が去来の「火ともしに」であったこと、それが私の好きな句であること、その同一を「記念」せんがためでもある。どうでもいいことだが。ちなみに「茴香の実を吹落す夕嵐」も去来の付け句で、これは三名(去来・凡兆・芭蕉)の巻いた「猿蓑」第二歌仙「市中は物のにほひや夏の月」にある句。

柳田の先程の『俳諧と俳諧観』は寺田寅彦に捧げたオマージュのような文章だが、ぼくはこの文章ではじめて寺田が並々ならぬ俳諧・連句の鑑賞・批評家であり、また実作者であることを知った。「寺田寅彦随筆集 第三巻」(岩波文庫)を早速求めて所収の「連句雑俎」を読んだ。その面白さは最近のわが「愁ひ」を払うほどのものだった。連句俳諧を「寺田さんはあたり構はずに、これは西洋に無いから、日本独特だから大いに復興させようと言はれるのである。それを私は知らないばかりに、正面に立って拍手を送らなかったのが残念でたまらない」と柳田は書いている。寺田の、連句と音楽との対比には目から鱗が落ちる思いがした。寺田の「連句雑俎」の「一連句の独自性」の章から、

「…南洋中の島では一年じゅうがほとんど同じ季節であり、春夏秋冬はただの言葉である。ここでは俳諧はありえない。またたとえばドイツやイギリスにはほんとうの「夏」が欠如している。そしてモンスーンのないかの血にはほんとうの「春風」「秋風」がなく、またかの地には「野分」がなく「五月雨」がなく「しぐれ」がなく、「柿紅葉」がなく「霜柱」もない。しかし大陸と大洋との気象活動中心の境界線にまたがる日本では、どうかすると一日の中に夏と冬とがひっくり返るようなことさえある。その上に大地震があり大火事がある。無常迅速は実にわが国風土の特徴であるように私には思われる。」と書き、このことを知るには俳諧連句を読むに如かずという。
「試みに「鳶の羽」の巻をひもといてみる。鳶はひとしきり時雨に悩むがやがて風収まって羽づくろいをする。その姿を哀れと見るのは、すなわち日本人の日常生活のあわれを一羽の鳥に投影してしばらくそれを客観する、そこに始めて俳諧が生まれるのである。旅には渡渉する川が横たわり、住には小獣の迫害がある。そうして梨を作り、墨絵を書きなぐり、めりやすを着用し、午の貝をぶうぶうと鳴らし、茣蓙に寝ね、芙蓉の散るを賞し、そうして水前寺の吸い物をすするのである。このようにして一連句は日本人の過去、現在、未来の生きた生活の忠実なる活動写真であり、また最も優秀なるモンタージュ映画となるのである」(昭和6年3月 渋柿)

寺田寅彦の連句論について書いてみたいと思っている。

2011年3月19日土曜日

Oloron-Sainte-Marie

美しい春の朝の光り。でも、そこここに不安が潜んでいるような気もする。身体はいつも揺れている、これが生あるものの根源的な感覚を突きつけられているということだろうか。

昨日、四時頃から散歩にでかけた。月が出ていた。ジーパンのポケットに小さな紙切れがあった。なんだろうと思って、それを引きだして見た。どこかの大学の過去問だ、それも全部ではない、その一部を切り取ってポケットに入れてあったのだ。いつ、こういうことをしたのか、またなぜジーパン(職場では当然着はしない)のポケットなのか、すべては自分自身にも不明である。

二 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
 生きている人間は、今にも倒れそうによろめいている。だが死者は、静かな足どりで歩いている、とジュール・シュペルヴィエルはいう。そして、以下のように続けている。
  死者たちよ
  君たちは血液から癒えた


ここで私の紙切れは途絶えている。「後の問い」がないのだ。




Posted by Picasa

2011年2月7日月曜日

Politics

イェイツの詩に、"Politics"というのがある。
以下に原詩と訳文(高松雄一「対訳 イェイツ詩集」岩波文庫)を引用する。

How can I, that girl standing there,
My attention fix
On Roman or on Russian
Or on Spanish politics?
Yet here's a travelled man that knows
What he talks about,
And there's a politician
That has read and thought,
And maybe what they say is true
Of war and war's alarms,
But O that I were young again
And held her in my arms!


あの娘がそこに立っているのに、
どうしてローマやロシアや、
スペインの政治などを
気にしていられる?
だがこちらには自分の意見をしっかりと
心得ている旅慣れたお方がいるし、
そっちには書物を読んでものを考える
政治家もおいでだ。たぶん、
戦争や戦争の危険について
この人たちが言うのは本当なのだろう。
だが、ああ、私はまた若返って
この腕に娘を抱くことができたらどんなにいいか!

1939年1月に発表された詩、ファシズム、スターリン、スペイン内戦、そして、この年の9月にはヒトラーのポーランド侵攻に始まる大戦が迫っている。この年の1月28日にイェイツは亡くなる。最晩年74歳のときの詩ということになるのだろう。

これは政治に対するあきらめなのか、絶望なのか、アイルランドの詩人としての独特の思いもあるのだろうか。そういうことを一切出さずに、わずか二つのセンテンス(訳は3つの文にしているけど)に一挙に、素早く、軽く願望を述べて終わる。とても読みやすく、朗読しやすく、生き生きとした詩だ。しかし、ここで言われている politician、イェイツが揶揄の対象とするpoliticianなどは死にたえて、今ここにはいない。大衆の人気をとることに長じた政治家は依然として健在だけど。そういうことから考えても、なんと品のいい詩だろう、これは。

2010年10月1日金曜日

グアドループに

返答と贈答の形式で


グアドループに。

風の吹く平坦な土地と森が生い茂る凸型の土地とを均等に隔てる境界に。

微笑がたわませる、その計り知れない気分に。

グランド=ヴィジ岬の断崖で風が浸食する灰色のマプー木に。

グアドループ住民のなかでおそらくもっともマルティニック的なデルグレスに。

潮が訪れない、数多くの隠れた入江(アンス)に。

双方の海岸で再開する、レザルド川とラマンタンに。

見事に生き抜いた、グランド=テールのヒンドゥーの民に。

絶対に涸れ尽きえない、ウアスー蟹に。

グアドループに、そして昔のライバルたちに。

ロランの若者たちが死んだように、ここで死んだ若者たちに。

シャトー岬の黄金の砂粒に。無限が君の踝を捉える、サン=タンヌに広がる遠大な海に。

農業労働者の最初の民族的組合に。

間違いなく憤死(マルモール)が叫んだ場所である、我慢の限界(マランデュール)と呼ばれる場所に。

ポール・ニジェールに。

クレオール語の詩人たちに、グオカ太鼓を叩く者たちに。

不思議なことに、蛇が一匹たりとも生き残らなかった島、グアドループに。





エドゥアール・グリッサン、Le discours antillaisより。(中村隆之 訳)

2010年9月20日月曜日

詩の小径をたずねて

 三鷹駅で総武線に乗り換え、西荻で降りる。西荻窪は久しぶりだった。そこから東女を目指して歩き、善福寺公園に出た。昔々、杉並高校に勤めていた頃、この場所ではないが成田東にあった学校そばの善福寺川堤防緑地でクラスの生徒たちとホームルームの一時間を遊んだことなどをゆくりなく思い出した。
 公園に入って、若い父親、母親たちの一団がそれぞれの子供たちを連れて弁当を食べている、そこを抜けてすぐ「詩の小径をたずねて」が開かれている白い洋館風の家があった。三日間のセッションだが、今日は「詩の女子トーク」と「辻征夫の肖像」というタイトルで2部制の、その一部の「詩の女子トーク」を聴きにやってきたのだった。他の用事があったので、それしか参加できないというのが実情だったが。
 
 はじめてその声(朗読)を聴き、他の詩人が読むその人の詩を私がはじめて聴いた詩人、鳥居万由美、清水あすか。そして新詩集を頂戴した北爪満喜さんもそうで、彼女の犀利な批評(参加者が互いの詩を批評したり、自作についての質問に答えたりする形でのトーク)に感心した。鳥居と清水の詩にも驚いた。あとは三角みづ紀、新井豊美、杉本真維子の三名。新井さんや杉本さんと話をする暇もなく5時過ぎには善福寺公園を後にした。

2010年8月19日木曜日

Te Deum

Te Deum
       Charles Reznikoff(1894 - 1976)
Not because of victories
I sing,
having none,
but for the common sunshine,
the breeze,
the largess of the spring.
Not for victory
but for the day's work done
as well as I was able;
not for a seat upon the dais
but at the common table.

賛美の歌

勝利ゆえに僕は
歌うのではない、
勝利などひとつもないから、
ありふれた日光のため、
そよ風のため、
春の気前よさのために歌う。
勝利のためにでなく
僕としては精一杯やった
一日の仕事のために。
玉座のためでなく
みんなのテーブルの席で。

Paul Auster 「空腹の技法」(柴田元幸/畔柳和代 訳 )より

 Paul Austerの"The Art of Hunger"を眺めていたらCharles Reznikoff(チャールズ・レズニコフ)というユダヤ系(a jewish-American)の詩人についてのオマージュめいたエッセイ(タイトルは"The Decisive Moment")があった。
 その終わりに、私にもよく理解できて、そうだよなという感慨が自然に吐露される詩があった、その詩。

2010年8月17日火曜日

夏相聞

○「釋迢空歌集」から、「夏相聞」というタイトルのついた短歌を抜き出してみた。

ま昼の照りきはまりに 白む日の、大地あかるく 月夜のごとし
真昼の照りみなぎらふ道なかに、ひそかに 会ひて、 いきづき瞻(まも)る
青ぞらは、暫時(イササメ)曇る。軒ふかくこもらふ人の 息のかそけさ
はるけく わかれ来にけり。ま昼日の照りしむ街に、顕つおもかげ
ま昼日のかがやく道にたつほこり 羅紗のざうりの、目にいちじるし
街のはて 一樹の立ちのうちけぶり 遠目ゆうかり 川あるらしも
目の下に おしなみ光る町の屋根。ここに、ひとり わかれ来にけり

  「海やまのあひだ」1925年(大正14年)発行。1904年(中学時代)から25年までの作品691首を収録所収

あかしやの垂(シダ)り花(バナ) 見れば、昔なる なげきの人の 思はれにけり
ひそかに 蝉の声すも。ここ過ぎて、おのもおのもに 別れけらしも
あかしやの夕目ほのめく花むらを 今は見えずと 言(コト)に言ひしか

  「水の上」1948年(昭和23年)発行。1930年から35年までの作品468首を収録。

○同じく「釋迢空歌集」から、「夏」(夏の季節に詠まれたものも含む)の歌で、好きなものを抜き出してみた。

沖縄の洋(ワタ)のまぼろし たたかひのなかりし時の 碧(アヲ)のまぼろし
夏の日を 苦しみ喘ぎゐる時に、声かけて行く人を たのめり
裸にて 戸口に立てる男あり。百日紅の 黄昏の色
道のべに 花咲きながら立ち枯れて 高き葵の朱(アケ)も きたなし
   「倭をぐな」1955年発行 より

庭暑き萩の莟の、はつはつに 秋来といふに 咲かず散りつつ
夏山の青草のうへを行く風の たまさかにして、かそけきものを
   「水の上」より

夏海の
荒れぐせなほる昼の空。
われのあゆみは、
  音ひびくなり

気多の村
若葉くろずむ時に来て、
 遠海原の 音を
  聴きをり
「春のことぶれ」1930年発行より、1925年から29年までの501首を収録。

青うみにまかがやく日や。とほどほし  妣(ハハ)が国べゆ 舟かへるらし
天づたふ日の昏れゆけば、わたの原 蒼茫として 深き風ふく
馬おひて 那須野の闇にあひし子よ。かの子は、家に還らずあらむ
なむあみだ すずろにいひてさしぐみぬ。見まはす木立 もの音もなき
谷風に 花のみだれのほのぼのし。青野の槿 山の辺に散る
緑葉のかがやく森を前に置きて、ひたすらとあるくひとりぞ。われは
糸満の家むらに来れば、人はなし。家五つありて、山羊一つなけり。
処女のかぐろき髪を あはれと思ふ。穴井の底ゆ、水汲みのぼる
山深く われは来にけり。山深き木々のとよみは、音やみにけり
夏やけの苗木の杉の、あかあかと つづく峰(ヲ)の上(ヘ)ゆ わがくだり来つ
   「海やまのあひだ」より

いろいろ考えることもあるが、まとまらない。「夏相聞」の連作は、藤無染との別れの記憶が沈んでいる。「水の上」歌集のそれも同じかもしれない。富岡多惠子編の岩波文庫の「釈迢空歌集」は読みやすい。

2010年5月13日木曜日

The May Magnificant

The May Magnificant
Gerard Manley Hopkins

MAY is Mary’s month, and I
Muse at that and wonder why:
Her feasts follow reason,
Dated due to season—

Candlemas, Lady Day;
But the Lady Month, May,
Why fasten that upon her,
With a feasting in her honour?

Is it only its being brighter
Than the most are must delight her?
Is it opportunest
And flowers finds soonest?

Ask of her, the mighty mother:
Her reply puts this other
Question: What is Spring?—
Growth in every thing—

Flesh and fleece, fur and feather,
Grass and greenworld all together;
Star-eyed strawberry-breasted
Throstle above her nested

Cluster of bugle blue eggs thin
Forms and warms the life within;
And bird and blossom swell
In sod or sheath or shell.

All things rising, all things sizing
Mary sees, sympathising
With that world of good,
Nature’s motherhood.

Their magnifying of each its kind
With delight calls to mind
How she did in her stored
Magnify the Lord.

Well but there was more than this:
Spring’s universal bliss
Much, had much to say
To offering Mary May.

When drop-of-blood-and-foam-dapple
Bloom lights the orchard-apple
And thicket and thorp are merry
With silver-surfèd cherry

And azuring-over greybell makes
Wood banks and brakes wash wet like lakes
And magic cuckoocall
Caps, clears, and clinches all—

This ecstasy all through mothering earth
Tells Mary her mirth till Christ’s birth
To remember and exultation
In God who was her salvation.


五月はマリア様の月 そして私は
そのことを心に想い どうしてなのだろうといぶかる
 彼女の祝日にはちゃんとした理由があるのだ
 季節によってその日は決められるのだ―

御清めの祝日があり 御告げも祝日がある
しかし御母の祝日は五月なのだ
 何故その月を彼女にあてるのだろう
 彼女を祝う宴を開いて?

五月がどの月よりも輝かしいということだけが
彼女を喜ばせるのだろうか
 それは一番すばらしい時期なのだろうか
 花もすぐに見つかる時なのだろうか?

彼女に あのすばらしい御母に聞いてみるがよい
彼女は答える代わりに次のように問いかけるだろう
 春とは何でしょう?― そして答えて
 それは万物の成長の源なのです―

肉と羊毛 毛皮と羽根 草とみどりの世界
それらすべてのものの成長の源なのです と
 星のような眼をした いちごのような胸をしたつぐみは
 重なるように産みつけた一群の

青じそ色をした殻の薄い卵を抱いて
その中の生命を養い 暖める
 そして鳥も花も 芝地や莢や殻の中で
 だんだんと大きくなって行く

すべてのものがよみがえり すべてのものがそれぞれに育って行く
マリア様はすばらしい世界を
 自然の母なる姿をご覧になって
 心から共鳴されるのだ

万物は各の種をよろこびをもって
讃えている そのことは御母が
 胎内にお宿しになった主を
 讃えられたことを思い起こさせてくれる

いや しかしこれ以上のことがあったのだ
世界に行きわたる春のよろこびは
 マリア様に五月という月を捧げることと
 深い深い関係があるのだ

血の滴と泡の白さがまだらに入り混じったような花が
りんごの果樹園に灯をともし
 茂みと野原が きらきらと光る
 さくらんぼと陽気にたわむれ合って

あたり一面を青く染めたつるがね草が
湖のように 森の斜面と茂みを うるおすように波立たせ
 妖しいまでに美しいかっこうの啼き声が
 すべてをしのぎ 越え 圧する時―

この恍惚感は母なる大地に行きわたって
キリストの御生誕までのよろこびと
 彼女の救いである 神への歓喜とを
 マリア様がいつまでも心に留めておくようにするのだ
                (安田・緒方訳・春秋社「ホプキンズ詩集」より)

(ノート)
カトリックでは五月は「聖母月」とも言われるが、その理由をHopkinsらしい発想とすばらしい比喩で述べた詩と言える。書き写していて、翻訳の宗教臭に嫌になるところもあるが、それをこえて、特に5、6連、10、11連の自然のとらえ方のあたたかさや美しさは比類がない。

2010年5月10日月曜日

Pied Beauty

Pied Beauty (Gerard Manley Hopkins )



GLORY be to God for dappled things—
For skies of couple-colour as a brinded cow;
For rose-moles all in stipple upon trout that swim;
Fresh-firecoal chestnut-falls; finches’ wings;
Landscape plotted and pieced—fold, fallow, and plough;
And áll trádes, their gear and tackle and trim.

All things counter, original, spare, strange;
Whatever is fickle, freckled (who knows how?)
With swift, slow; sweet, sour; adazzle, dim;
He fathers-forth whose beauty is past change:
Praise him.

斑なものたちを造りたもうた神に栄光あれ。
 ふたつの色の日々刻々の空、ぶちの雌牛を、
 泳ぐマスの背のぷつぷつのピンクのアザを、
おこしたばかりの火のうえの焼き栗のしわ、
          フィンチ・スズメのつばさを、
 区切られ、耕された風景―窪み、畑、畠、
 そしてすべての生業とその服装と道具と用具を。

また対になったものをみな、奇抜で、余分で、変わったものを、
 移り気で、ソバカスのあるすべてのものを(どんなふうに?知るものか)
 早くて、遅くて。甘い、酸っぱい。燦めき、あるいはどんよりした。
美が変わるものすべてにとって彼は父だ。
褒めたたえられよ。     (須賀敦子訳)





「古いハスのタネ」(全集第3巻 河出文庫)という須賀敦子のエッセイを読んでいたら、今、興味をもって読んでいるジェラード・マンリー・ホプキンズのことが少し書かれていた。そのついでに紹介されているのが、この「まだらな美しさ」、須賀はこう訳しているが、その詩の訳である。よくわからないところもあるが、須賀の訳をそのまま引用しておく。

でも言われていることはよくわかる。まだらな美こそが素晴らしいということだ。

2010年5月3日月曜日

Spring and Fall : To a Young Child

Spring and Fall : To a Young Child  Gerard Manley Hopkins (1844-89)

   
   MÁRGARÉT, áre you gríeving
   Over Goldengrove unleaving?
   Leáves, líke the things of man, you
   With your fresh thoughts care for, can you?
   Áh! ás the heart grows older
   It will come to such sights colder
   By and by, nor spare a sigh
   Though worlds of wanwood leafmeal lie;
   And yet you wíll weep and know why.
   Now no matter, child, the name:
   Sórrow’s spríngs áre the same.
   Nor mouth had, no nor mind, expressed
   What heart heard of, ghost guessed:
   It ís the blight man was born for,
   It is Margaret you mourn for.

    
   春と秋       
        ある幼子に



   マーガレットよ お前は黄金色をした
   木立ちがその葉を落とすのを嘆いているの?
   木の葉のことを まるで人間の世界の事柄のように
   その初々しい心で心配することができるのだろうか?
   ああ! 心はだんだん成長するにつれて
   そのような光景には感動しなくなる
   また森全体が生命をなくし 落ち葉があちこち
   散らばるようになっても ため息すら漏らさなくなる
   それでいながら お前は泣きじゃくってそのわけを知りたがる
   ねえ お前 そのわけなんてどうでもいいんだよ
   かなしみの泉は同じなんだ
   口も心も 魂が聴いたことを
   霊魂が推し量ったことを 言い表わせないんだ
   人が生まれて来たのは 立ったまま 枯れてゆくため
   だからマーガレット お前が悲しんでいるのは自分自身のことなんだよ


  ホプキンスのこの詩まで行きついた経緯は省略する。でも、この詩を発見してやっと何か書けそうな気がしてきた。(この訳はぼくのものではない、広いブログの海のなかで見つけたもの。Culture Jammerというのがその名。)

2010年4月20日火曜日

白雄

白雄句

 友と一緒に信州上田にて桜を満喫する。また村山槐多、関根正二、野田英夫などのデッサンや絵を見る(信濃デッサン館)。上田城の夜桜を見てのかえり、堀端に江戸中期の俳人、加舎白雄(1738ー1791)の碑があり、彼がここ上田出身の人であるということをはじめて知る。以下、白雄の句を記念に掲載しておく。


人恋し灯ともし頃を桜散る

町中を走る流れよ夏の月

園くらき夜を静かなる牡丹哉

子規鳴くや夜明けの海が鳴る

菖蒲湯や菖蒲寄り来る乳のあたり

めくら子の端居淋しき木槿哉

永き日に我と禁ずるまくらかな

春の日を音せで暮る簾かな

はるかぜや吹かれそめたる水すまし

二股になりて霞める野川かな

いとまなき世や苗代の薄みどり


いずれも感覚鋭敏、細かい観察、鮮明な表現の句だと私は思う。

2010年4月13日火曜日

われわれわれは

 今日の朝日夕刊の「あるきだす言葉たち」という、順次、詩、俳句、短歌を載せる火曜日の欄に、望月裕二郎君の短歌が掲載されていた。前の朝日歌壇の論考のような欄で、誰かが望月君に触れているのを読んだ。そのときは卒論として「歌集」を提出したはじめての学生などというようなことが書かれていたが、卒業制作として提出されているのだから、どうしてこういうことを書くのかなどと思ったが、そのときは彼の歌そのものにはあまり触れてはいなかた。だれだろう、あれを書いたのは。

 朝日夕刊の掲載歌について、感想若干。

どの口がそうだといったこの口かいけない口だこうやってやる

あそこに首があったんだってはねられるまえにふけった思索のうるさい

われわれわれは(なんにんいるんだ)頭よく生きたいのだがふくらんじやった

 三首とも、歌の対象と、その取りあげ方が目新しさを感じさせる。
外には向かわない、かといって内部にも彼の歌は向かわないし、そのどちらをもとりあげて歌うという強さを感じさせない。三首目、「われわれ」ではなく「われわれわれ」である複数一人称がこの若き歌人の拠るところである。歌の言語としての彼の口語調の異様さは、その独特な「ゆるさ」と反イメージ的な思弁性と聴覚性にある。まず、こういう感想から望月論が始まるのかも。

 できたての卒業制作歌集「ひらく」を手渡しに、ぼくの授業(08年度の授業の受講生でもあった)にわざわざ来てくれてたのが去年の12月18日。卒業、就職、そして歌人としての出発も恵まれている。(これからが勝負だ、健闘を祈る。)

 今、その歌集「ひらく」を手にして、任意に開いたページに次のような歌があった。かれの新聞掲載歌は、この歌集の歌よりもっと壊れているという印象をもった。壊れているというより、壊したのだろう。

つやつやのチーズを皿に盛り付ける無思想という思想をもって

2010年3月25日木曜日

雨の花

○ 紙衣(かみぎぬ)の濡るとも折らん雨の花     芭蕉
 というような風情の雨ではないが、嘘でもいいからと思って。

 「あすは檜の木」とかや、谷の老木のいへる事あり。きのふは夢と過て、あすはいまだ来たらず。ただ生前一樽のたのしみの外に、あすはあすはといひくらして、終に賢者のそしりをうけぬ。
○ さびしさや花のあたりのあすならう      芭蕉
 前書きも含めて、好きである。
○ Stefan George(1868-1933)
 
 ゆたかな宝のかずかずを惜しみなく使いはたせ、
 ながいあいだの旱(ひでり)が草木を喘がしたのちのように
 いまここできみたちは熟した手足に
 柔和な雨をそそがねばならぬ。

 夕べの星があまやかにうるんでまたたくとき、
 ほてりとかげりがこもごもにきみたちの心をいざなうとき、
 そこに実ったこよない果実を摘みとって、
 あたえられたかぎりのものを享受したといいうるようにするがよい。

 そしてきみたちが心のなかで早くも遠方の形姿に接吻することを
 痴愚と名づけよ、おそるべきまがごととせよ。
 そしてまたまことの接吻と 夢のなかで受けた接吻とを
 融け合わすすべを知らぬことを。

 ゲオルゲの「魂の年」より、手塚富雄訳「ゲオルゲ詩集」(岩波文庫1972年)より。

 これは芭蕉の「あすなろう」の寂しい響きとは異なるエピキュリアン、ただし限りなく倫理的なエピキュリアンの歌だが、その不可能性の美しさの歌でもあるようだ。そこで両者の象徴が響きあう。

2010年2月24日水曜日

とざされた心のなかにも

箱一杯の定期便。今晩から、またお籠もりです。暗い淵にもぐっていくようなものですが、なにか明珠の光があればと思う。

S・ゲオルゲ詩集(岩波文庫・手塚富雄訳)から、

野をおおう白い屍衣を
日光がためらいもなく剥がし取るとき、
水は畝をひたし
土をくずしてきらめき

いつしか流れ集まって河流へいそぐ。
そのときわたしは砕け散った
小心なよろこびの思い出のため、
そしてきみのために葬りの薪を積みあげる。

焔から身を避けて
わたしは小舟にのって櫂をとる、
向うの岸べにはひとりの兄弟が
よろこばしげに旗をふって招いている。

風は氷雪を融かすぬくみをはこんで
冬に堪え抜いたつちくれを吹きすぎる、
とざされた心のなかにも
小径にも 新しい花が咲かねばならぬのだ。

                     『魂の一年』―雪のなかの巡礼―より

2010年2月23日火曜日

御子良子

子良館(こらのたち)の後ろに梅ありといへば

御子良子(おこらこ)の一もとゆかし梅の花    芭蕉

御子良子という言葉が珍しくて。これは伊勢神宮の「神餞を奉進する役の少女の称である。神主の女の未だ月の穢れなきものをこれにあてる」と沼波瓊音はその「芭蕉句撰講話」で註している。

「おこらこ」とつぶやいてみる。この言葉の組成や、民俗学的な風習の詮索以前に、まず響きに惹かれるのである。

2009年12月27日日曜日

翼ある蛇

Bei Hennef


The little river twittering in the twilght,
The wan, wandering look of the pale sky.
This is almost bliss.

And everything shut up and gone to sleep,
All the troubles and anxieties and pain
Gone under the twilight.

Only the twilight now, and the soft 'Sh! ' of the river
That will last for ever.

And at last I know my love for you is here;
I can see it all, it is whole like the twilight,
It is large, so large, I could not see it before,
Because of the little lights and flickers and interruptions,
Troubles, anxieties and pains.

You are the call and I am the answer.
You are the wish, and I the fulfillment.
You are the night, and I the day.
What else? It is perfect enough.
It is perfectly complete,
You and I,
What more--?
Strange how we suffer in spite of this.

David Herbert Lawrence(1885-1930)

これはロレンスの愛の決定的な(crucial)瞬間の詩です。フリーダとの逃避行と二人の同棲を決定づけた文学史上有名な愛の始まりの詩です。上田和夫訳(弥生書房・世界の詩)です。

ヘンネフにて

小川が 夕ぐれにさえずっている
ほの白い 青ざめたいぶかしい空もよう
これは なによりもよろこびだろうか

あらゆるものが口をつぐみ 眠ってしまった
悩み 不安 苦痛は すべて
たそがれに消えた

いまはただ夕やみだけが そして永遠につづく
川のやさしいシーという音があるばかり

ついにわたしは あなたにたいする愛がここにあることを知る
わたしはそれをすべて見る それは夕ぐれのように完全だ
大きい 実に大きい これまで見ることができなかったのは
小さいひかりや またたき 妨害
悩み 不安 苦痛のせいだ

あなたは呼ぶ声で わたしは答える声
あなたは願望で わたしはそれの実現
あなたは夜で  わたしは昼
そのほかはなに?これで十分ではないか
完全無欠だ
あなたとわたし
これ以上のなにが――?

不思議だ それでいてわたしたちが苦しむとは?



この詩をどうして思い出したかというと、北川朱美の「メキシコの空」という詩を読んだからです。そこには次のようなスタンザがありました。

メキシコの小さな駅
ケツァルコアトルでのことだ

この詩もすばらしい詩でしたけど、私はケツァルコアトルから「翼ある蛇」のロレンスへとショートしてしまったのでした。

あとロレンスの生年と没年を調べて書いていて、ロレンスが死んだ1930年は平岡敏夫先生の生まれた年なんだということを思い出しました。(ですから、今日の私には焦点というようなものはどこにもないのです。)

2009年12月19日土曜日

望月裕二郎の歌集「ひらく」から

 昨日の授業で、今年後期の講義は来年一月の一回を残すのみ。講義の終わりに、去年の受講生で今は4年生の望月君が教室にいることを発見する。今年は他のものと重なって選択できなかったとのこと。卒業制作の短歌集が出来たのでと言って、一冊ぼくに持って来てくれたのだ。就職も某市役所に決まったという。このご時世に、よかったね、という。同人雑誌にも入ったか、作ったかしたとのこと。働きながら、好きなことできるのが一番だよと彼に言う。ぼくの詩集『樂府』を出して、サインしてくれというので、話してくれれば進呈したのにと言いつつ、なれぬサインなどしました。 以下望月君の歌集『ひらく』よりぼくの好きな歌をランダムに。歌集の後ろから前に引用してみる。

さしあたり永遠であれ人間の夜の舗道を伸びる白線

終電の窓が切り取る一瞬のおばさんの欠伸を見て僕も

落ち合えば君の隣に僕が立つ首から下のぼくのからだが

グリーングリーン歌う教室その横で先生言えり「泣きたいとき泣け」

つり革に光る歴史よ全員で死のうか満員電車

おお、われの口から出でし一行の詩がビルディングの間(あわい)泳げり

William Carlos Williams"This Is Just To Say"
朝食用冷蔵プラムを食べましたおいしく甘く冷たくゆるして

 小石川植物園
パピルスの葉に触れてみてわたくしがパンク・ロックを好んだ日々よ

 鎌倉
かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼はパンチパーマでピアス痕あり

東京は猫の町なり猫議員選挙があらば投票に行かん

空を飛ぶとは良き発想なりヒヨドリは羽翼をちょっと僕らに見せて

目覚めれば地球は今日も窓際に朝陽を引用して回りだす

伝えたいことの不在を伝えたい 便器、おまえは悲しくないか

朝刊がポストへ沈むとき僕に睾丸の冷たさは優しい