2008年4月14日月曜日

久しぶりの授業


退職して、新しい職場で久しぶりの授業をした。朝から4時間。高校一年生たちとの新鮮な出会い。
いつになっても、緊張する。でも、授業が終われば、すぐ帰ることができる非常勤の仕事も新鮮。

3時過ぎには帰宅。

そのあとの時間を持て余しているうちに一日が終わる。

2008年4月13日日曜日

反転

前に書いたオコナーの短編、’Everything that rises must converge’「すべて上昇するものは一点に集る」は、実はカトリックの思想家で、古生物学者、地質学者でもあった、Teilhard de Chardin(ティヤール・ド・シャルダン)の、何かの引用であるということが分かった。

アマゾンのオコナー短編集の書評の一つに、ある人が次のように書いてあった。
―― The Complete Stories combines two previous collections, A Good Man is Hard to Find and the posthumously published Everything That Rises Must Converge. Nothing against the first set, but the stories in Everything are among my favorite. All her stories are about so-called fundamentalists in her home of Georgia or the deep south. The title of the volume is an ironic inversion of a phrase by Teilhard de Chardin (who meant it optimistically).――

この書評子によると、
―― Her novel Wise Blood was made into a cult classic film by John Huston. Reading her inspired Bruce Springsteen's best album, Nebraska. One could go on and on. I would add that she ought to be a hero of the civil rights movement (read any story to find out why). Instead she was unceremoniously kicked off the Catholic recommended reading list for the language used by some of her characters. But being forbidden might make her more attractive for some readers. ――というような興味深い事実もあげられている。

’River’という短編を読んだとき、Bruce Springsteenの歌を思い出したのだが、ブルースは彼女の影響もあったのか。

The title of the volume is an ironic inversion of a phrase by Teilhard de Chardin (who meant it optimistically).という見解、「皮肉な反転」であるという意見、そういうことかという思い。でも、シャルダンという人、名前だけは記憶の彼方に埋没していたのが、今よみがえったが、彼はどういうところで’Everything that rises must converge’と言ったのだろうか、オプティミスティックにとあるが、それを知りたいものだ。

今日の散歩は寒かった。一時間あまり、湯殿川の道。城址公園も人影は少なかった。
詩集のタイトルを考えるが、これだというのを思いつかない。

2008年4月12日土曜日

石楠花を見た。

散歩の道すがら片倉城址に行くと淡い紅色のシャクナゲの花が咲いていた。

「石楠花は木曾奥谷ににほへどもそのくれなゐを人見つらむか」
という茂吉の歌にある通り、もともとは山間の花で、その昔、よく山に登っていたときに、この花の鮮やかさに、疲れが癒されたことを思い出した。

低地でも、美しいと私は思う。

湯殿川はすこし濁っていたが、上流に行けば行くほど、その濁りが薄くなるのを感じた。セキレイが沈む夕日を追いかけて、鋭角的に飛んでいた。

2008年4月11日金曜日

すべて上昇するものは一点に集る

立川での用事を済ませてから、友人に電話する。
二人で、喫茶店で一時間ほど話す。五月の中旬から、家を自力で建築するために、田舎に帰るという。
まず、半年の基礎工事、寒くなったらまた東京に戻る。

バイオを利用したトイレのこと、それから温泉を引いての風呂のこと、すべて
これから、彼がたちあげていくことだが、ゆっくりと焦らずにやるという。
今年の十二月にはながく中断していた二人の雑誌を再びやろうということなど。

ぼくはくだらない話ばかりをして、友人にはすまなかったと帰りの電車で思った。
友人の企画する、静かな大地での静かな仕事を、ぼく自身の心の糧にしようとも思った。

ノルテ書店で、オコナーの短編全集の下巻を購入する。その第一篇目のタイトルが、
原題は'Everything That Rises Must Converge'、横山訳では、
「すべて上昇するものは一点に集る」となっている。この内容に、この邦題は?という疑問の前に、
この邦題でも、原題でも、非常に謎めいている。
なぜ、こういうタイトルなのか、さっぱりぼくにはわからない。
それと横山訳ではMustを故意に省略している感じがする。これも気になる。

帰りの電車の中で、一読しただけだから、分からないのかもしれない。もう一回読むことにしよう。

友人が、オコナーの原書があるかもしれないというから、あったら送ってもらうことにした。

「おまえの今のような生活を何十年も続けると、それはそれで大変なんだ」というのも友人の言葉だった。
暇を謳歌するばかりじゃ、やはりダメなんだということだろう。

でも平日の昼間に、友と閑談できるというのも、ここまで生きてきたからだ。

分岐(diverge)と収斂(converge)、そういうことを考えた。

2008年4月10日木曜日

AFTER LUNCH

食後       白居易(772~846)

食罷一覚睡(食罷わりて一覚の睡り)
起来両甌茶(起き来りて両甌の茶)
挙頭看日影(頭を挙げて日影を看るに)
已復西南斜(已に復た西南に斜めなり)
楽人惜日促(楽しき人は日のあわただしきを惜しみ)
憂人厭年余(憂うる人は年のながきを厭う 注・ながき はこの字ではないが)
無憂無楽者(憂いも無く楽しみも無き者は)
長短任生涯(長きも短きも生涯に任す)         ―閑適詩―より


口語訳(高木正一)

食事がすんでからひとねむりし、目がさめると二わんの茶をすする。
頭をもたげて空をみると、いつしか日は西南に傾いている。
快楽を追う人々は、日の移りかわりのあわただしいのを惜しむし、憂いを抱く人々は、
一年の長いのに閉口する。
憂いもなく楽しみもない私は、長きもよし短きもよし、すべて生涯のなりゆきまかせ。

英訳(Arthur Waley)

After lunch―one short nap;
On waking up―two cups of tea.
Raising my head, I see the sun’s light
Once again slanting to the south-west.
Those who are happy regret the shortness of the day;
Those who are sad tire of the year’s sloth.
But those whose hearts are devoid of joy or sadness
Just go on living, regardless of ‘short‘ or ‘long‘.

2008年4月9日水曜日

ぶらぶら

ぶらぶらしている。授業が始まるのが、来週の月曜日からなので、昨日の式の後から結構休みがあるということになる。職場に行かない。こんなことは長い仕事の経験のなかで初めて。非常勤という身分の気楽さを味わうとともに、それになかなか慣れない貧乏性の自分もいる。今頃は学期の初めで、あれこれと雑用が多くて忙しかったな、などと先月までの仕事を振り返る。しかし、今のこの気楽さを味わおう、すぐに忙しくなるのだから。

主婦の仕事の大変さを、今の自分の一日のリズムの作り難さなどから改めて思う。女房に、そういうことを話したら笑われたが。昼飯を、饂飩だが、がらにもなく作って進ぜたりした日もあった。

今日は八王子に、女房のお使いで行ってきた。郵便局で20分も待たされて、いらいらするのも、新米の定年者だから。

たまに、新聞の投稿欄に「主夫」という呼称を見ることがある、これはどういうことだろう。主婦にかわって、夫が家の面倒をすべて見ていることを示すものなのだろうか。そうなら、私もいつかは「主夫」になりたい。これは一番難しくて、大変な仕事であろう。

簡単にはなれないだろうから、理想として抱いておこう。

2008年4月8日火曜日

新しい人

雨の中、車で新しい職場の始業式に行く。
大きな講堂、百名余りの新入生を迎えて、校長は、
新約の「エペソ人への手紙」から次の言葉を引用する。
―あなたがたは…古き人を脱ぎ捨てて、心の深みまで新たにされて、
真の義と聖とを
そなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである―
だから、命を大切にしてください。命はあなたたちのものではありません、
摂理により「神にかたどって造られた」ものです。
自殺などしてはなりません。絶望や、失敗のたびに、自分の命を
捨てたりしたら、いくらあっても不足します。すみません、すみませんと
言って、生きていいのです。
今年の学校の目標は「自尊心」にします、あなたたちは、
この言葉を聞くと、相手を見下すようなイメージを持つかもしれませんが、
そうじゃありません。相手と自分を、愛によって大切にすること、これが自尊心です。
雨は激しく降っていたが、
校長の言葉は、ぼくの現前の「新しき人」々、生徒たちの姿を介して
光り輝くように感じた。こんな経験は初めてだった。

野蛮な「日の丸」のない式、いや、「いない」式。
そのすがすがしさとともに。