石川淳「歌仙」
くれなゐの花には季なし枕もと
まだきに起きて初霜を履む
くもり日の枝に残れる柿いくつ
またのみ直すどぶろくの酔
失せものをたづぬる方に月あはし(月)
ひとの苦労を茶ばなしにする
むつかしや梅にも露は置くものを
木の芽どきにはつのる癇癖
ネクタイのサーモンピンク春浅し
蝶飛びかふは誰が家の窓
うすものに透きたる肌は夢ならじ
かぶりつきには利いた顔なり
つれなくも木戸に入るさの月の影(月)
虫の音聴いてかへる横町
やや寒のなま物識と笑はれて
客を迎へて酒徳孤ならず
わが宿は隣の花のさかりにて(花)
春追ふ旅のわらんぢを編む
飛行機の影より霞みわたりけり
ほのかに低し先哲の墓
つづめたる思想は思想に非ずかし
雲の中なる神霊は何
五月朔明けなば旗の揚がるらむ
女まじりに押出す勢
水清し地は解放を名に負ひて
稲穂の波に歌のたかまる
草花をかざしに挿してをどる輪に
雁のたよりの一人を欠く
山東の郷談月にこころよく(月)
手妻のたねも売れる祭礼
国越えの峠なかばにしぐれけり
はきならしたる海軍の靴
穴子ずしまた染めかへす暖簾にて
初雷の江戸の青空
花吹雪橋には獅子の舞ひつれて(花)
善隣春はめぐる船旅
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