2008年9月15日月曜日

老猫尊者

敬老の日。齊藤史の歌集から目に付くものを選んでみた。最初はそういう意識はなかったので、選んだ歌は歌集(講談社学芸文庫版)の少し後の方が多くなっている。

○我を生みしはこの鳥骸のごときものかさればよ生れしことに黙す(母)

○月 神のごとく昇るにあやまちて声もらしたる森のかなかな(森)

○佳き声をもし持つならば愛さるる虫かと言ひてごきぶり叩く(小動物)

○秋日の空間を截る光にて過ぎたるものを仮に鳥と呼ぶ(鳥)

○衰へし尾羽に風のそよぐとき鶏の雄なることはさびしき(鶏)

○死魚を洗ひきよめて食む事も終りの日までつづくなるべし(魚)

○乳のますしぐさの何ぞけものめきかなしかりけり子といふものは(けもの)

○いかなる人間の営みありしオホツクの夏は夏霧冬は氷雪(北国)

○あかしやの花を食べ擬宝珠の花をたべわが胃あかあかとなほ営めり

○なかなかに隠者にさへもなれざれば 雲丹・舌・臓物の類至って好む(飲食)

○夢の中に風ふきとほるさびしさは枳殻(からたち)垣をめぐらせてなほ(夢と睡眠)

○正史見事につくられてゐて物陰に生きたる人のいのち伝へず(流説)

○すでにしておのれ黄昏 うすら氷の透けるいのちに差すや月光(月)

○夏草のみだりがはしき野を過ぎて渉りかゆかむ水の深藍(水)

○老いたりとて女は女 夏すだれ そよろと風のごとく訪ひませ(女)

○棍棒のやうに立ちゐる男二人 相撃つかはた立腐るるか(男)

○短歌とふ微量の毒の匂ひ持ちこまごまと咲く野の女郎花(短歌)

○秋の水を器に充し挿す花の何もあらぬがむしろよろしき(秋)

○一瞥のあはれみを我に賜ひたる老猫尊者目脂わづらふ

○老いてなほ艶とよぶべきものありや 花は始めも終りもよろし

○深くしづかに潜行しつつ老はすすむ 日本をまたぐミサイルの下(老年)

○みづからの神を捨てたる君主にてすこし猫背の老人なりき(天皇)

○遠き無慙かくちかぢかと眼に見せてテレビは誰のたのしみのもの

○並び待つ人等のあとに従きて聞く〈前の方になにがあるのでしょうか〉

○まだ落ちてゆく凶凶(まがまが)しき空間のあるといふことがわれの明日ぞ

○おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにゆかぬなり生は

○携帯電話持たず終らむ死んでからまで便利に呼び出されてたまるか(人生)


齊藤史の短歌にある、怒りのようなもの、それが好きである。たくまざるユーモアもさすが。それにやっぱり叙景の歌もいいです、これは万葉の響きがする。「夏草のみだりがはしき野を過ぎて渉りかゆかむ水の深藍」これは特にいいですね。今日発見しました。「深藍」はどう読みますか。「ふかあい」、水のと三、深藍と四音で、三と四で七音の結句を作っているところ。

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