午後に、倉田良成さんから電話があって、tab10号に書いた鈴川さんと小生の詩を谷内修三さんが、そのblog、 「 詩はどこにあるか」(谷内修三の読書日記) (6月3日の記事)でとりあげて、批評しているということだった。早速拝読してみた。鈴川さんの詩はぼくも読んだとき傑作だと思ったが、谷内さんも丁寧な読みで称賛していた。その童話風のなつかしさ、「死」の切り取り方の既視感などに彼は共感しつつ、それで終わったのかと思うと、2枚目があって、「次のページからはじまることばがそんなにおもしろくな」く、「落胆」してしまったと書かれている。この現象、つまり一枚目はよく、二枚目は落胆という感想を、水島の詩でも経験したということを、拙作「湯殿川」という詩も引用しつつ書かれていた。「結論」は、
―― 本を読む。ことばを読む。そのとき、私はたぶん、「結論」を想定していない。ことばが動いて、それが頂点に達したとき、それで「おしまい」と思ってしまう癖があるのだろう。その癖がたまたま2作品で続けて起きただけのことなのかもしれない。鈴川や水島のことばとは関係なく、単に、私の読み方の癖がはっきりしたというだけのことかもしれない。――
以上のようにまとめられている。ここからは鈴川さんの詩のことではなく、ぼくの詩への谷内さんの言及に対して感じたことを書いてみよう。最初に、ぼくは拙作を取り上げてくださったことに感謝したい。谷内さんの、このblogでの詩批評のエネルギーにはただ敬服するばかりだ。以前、これを見て圧倒されたことがあった。ぼくのような、読めば読みっぱなし、書けば書きっぱなしという怠惰なものには真似ができない営為である。それだけ、詩に対する愛情というものを抱いていらっしゃるのだということを常に感じてきた。
拙作へも、その前半部に対する過褒というべき言葉を頂いた。これは自分の詩があまり言及されないものとして、喜び以外のなにものでもない。書いていてよかった、こういうふうに読んでくれる人がいたのだと思った。そして喜んでばかりはいられないのが、最後の5、6連目への言及である。「ところが、この詩にも1ページ目(2ページということ、水島註)があった。そして、そこで私はまたしても落胆してしまった。特に最後の6連目に。(引用はしない)」と書かれる。そのあと、「同じ本で、同じことが2度続けて起きた。これは、私にとって、とても不思議なことである。」という一文が続き、先ほど引用した「結論」に至るわけだ。
ぼくとしては、その「落胆」の理由こそを読みたいのだ、それはこのエッセイの結論部で言いたいことだろうとぼくは忖度するが、あらかじめ「結論」を想定したような書き方になっているというのか、あるいはとって付けたようになっているというのか、要するに「ことばが動いていない」ということが、拙作の「結論」の凡庸さであり、そのことが谷内氏をして「落胆」に至らしめたということなのだろうか?そこがもっと明瞭に書かれ、そのことで拙作が批評されるとしたら、そこのところをこそ、ぼくは傾聴したいものだと思った。
失礼をかえりみずに言うなら、感激半分、落胆半分の印象をぼくも持ったのである。
2008年6月6日金曜日
夏の歌
2週続けて、南大沢に私用で。今日で終わった。帰りに橋本の山野楽器に寄る。ディーリアスの管弦楽曲集を一つ買って帰る。ジョン・バルビローリ指揮のもの。ずいぶん多くの曲が入っている。解説は三浦淳史。ダウスンの歌はなかったが、ディーリアス入門として聴きたかったので。EMIのCDで邦題は『春初めてのカッコウを聞いて』となっている。
今2枚目のディスクの最初の曲『夏の歌』を聴いている。三浦の解説によれば、この曲はディーリアス晩年(1929年)の曲。青春時代のパリ放蕩の報いで失明と四肢の麻痺状態にあったディーリアスのもとに、同郷の音楽青年エリック・フェンビーがボランティアとして住み込み、ディーリアスの口述をもとに、その眼と手を代行して完成した最初の作品であるとのこと。フェンビーの名著『私の知っていたディーリアス』によれば、『夏の歌』について次のように説明したという。
「われわれはヒースも生い茂っている断崖の上に腰を下ろして、海を遠望するとしよう。高弦の保持された和音は青く澄んだ空とその情景を暗示している…曲が活気を帯びてくると、君はヴァイオリン群に現れる、あの音型を思い出すだろう。わたしは波のおだやかな起伏をあらわすため、その音型を導入しておいたのだから。フルートがすべるように海上を飛んでゆくカモメを暗示する。この冒頭の素材は2つのクライマックスのあいだに再現され、さいごにも現れて静謐のうちに曲を終結へ導いてゆくのだ」。
おそるべし、you tube といおうか。Frederick Delius で検索していたら、ケン・ラッセル監督のDeliusの、これは声だけだが、映画までもアップされていた。フェンビー青年の眼からとらえられた巨匠Deliusのポートレイト。ここには、『夏の歌』の最初の部分が少し聞ける。歌曲ではなく、管弦楽です。
今2枚目のディスクの最初の曲『夏の歌』を聴いている。三浦の解説によれば、この曲はディーリアス晩年(1929年)の曲。青春時代のパリ放蕩の報いで失明と四肢の麻痺状態にあったディーリアスのもとに、同郷の音楽青年エリック・フェンビーがボランティアとして住み込み、ディーリアスの口述をもとに、その眼と手を代行して完成した最初の作品であるとのこと。フェンビーの名著『私の知っていたディーリアス』によれば、『夏の歌』について次のように説明したという。
「われわれはヒースも生い茂っている断崖の上に腰を下ろして、海を遠望するとしよう。高弦の保持された和音は青く澄んだ空とその情景を暗示している…曲が活気を帯びてくると、君はヴァイオリン群に現れる、あの音型を思い出すだろう。わたしは波のおだやかな起伏をあらわすため、その音型を導入しておいたのだから。フルートがすべるように海上を飛んでゆくカモメを暗示する。この冒頭の素材は2つのクライマックスのあいだに再現され、さいごにも現れて静謐のうちに曲を終結へ導いてゆくのだ」。
おそるべし、you tube といおうか。Frederick Delius で検索していたら、ケン・ラッセル監督のDeliusの、これは声だけだが、映画までもアップされていた。フェンビー青年の眼からとらえられた巨匠Deliusのポートレイト。ここには、『夏の歌』の最初の部分が少し聞ける。歌曲ではなく、管弦楽です。
2008年6月5日木曜日
the soldier, his wife and the bum
ブコウスキーの次の詩が昔も今も好きだ。
the soldier, his wife and the bum
I was a bum in San Francisco but once managed
to go to a symphony concert along with the well-
dressed people
and the music was good but something about the
audience was not
and something about the orchestra
and the conductor was
not,
although the building was fine and the
acoustics perfect
I preferred to listen to the music alone
on my radio
and afterwards I did go back to my room and I
turned on the radio but
then there was a pounding on the wall:
“ SHUT THAT GOD-DAMNED THING OFF!”
there was a soldier in the next room
living with his wife
and he would soon be going over there to pro-
tect me from Hitler so
I snapped the radio off and then heard his
wife say, “ you shouldn’t have done that.”
and the soldier said, “ FUCK THAT GUY!”
which I thought was a very nice thing for him
to tell his wife to do.
of course,
she never did.
anyhow, I never went to another live concert
and that night I listened to the radio very
quietly, my ear pressed to the
speaker.
war has its price and peace never lasts and
millions of young men everywhere would die
and as I listened to the classical music I
heard them making love, desperately and
mournfully, through Shostakovich, Brahms,
Mozart, through crescendo and climax,
and through the shared
wall of our darkness.
「私」はbumであった、という発語がこの詩のすべてを規定している。この「浮浪者」としての意識はそこに格別の感情のコンプレックスを感じさせることはない。お上品なクラシックのコンサートとの対比をとる必然性のほかには。「私」は安アパートに帰り、ラジオでクラシックを一人で聴くほうを選ぶ。そこからの語りがブコウスキーの本領である。薄い壁と暗闇をこのアパート住人である彼らは分け持っている。それらを介して、「私」たちを守るためにヒトラーとの戦いに出て行かなければならない兵士とその妻の絶望的な愛撫のうめきが聞こえてくる。そこにショスタコービッチやブラームス、モーツアルトの音楽と、兵士とその妻の愛撫のクレシェンドからクライマックスまでのうめきが重なる。
兵士の“ FUCK THAT GUY!”という呪詛の言葉を、文字通りその妻が「私」に対して実践してくれないかというユーモア、そのあとに続く戦争と平和に対する省察、そして何よりもこの詩の白眉であるthe shared wall of our darkness.という最後のフレーズの持つ真実さ。こういうシークエンスをつくることにかけてはブコウスキーにかなう詩人はいないだろう。
you tubeを探していたら、ブコウスキー本人がこの詩を朗読しているものが登録されていた。石川さんにならって、ぼくもはじめてここにそれをリンクしてみる。
朗読しているのは本人だが、このようなアニメ化は、ちょっとね。
the soldier, his wife and the bum
I was a bum in San Francisco but once managed
to go to a symphony concert along with the well-
dressed people
and the music was good but something about the
audience was not
and something about the orchestra
and the conductor was
not,
although the building was fine and the
acoustics perfect
I preferred to listen to the music alone
on my radio
and afterwards I did go back to my room and I
turned on the radio but
then there was a pounding on the wall:
“ SHUT THAT GOD-DAMNED THING OFF!”
there was a soldier in the next room
living with his wife
and he would soon be going over there to pro-
tect me from Hitler so
I snapped the radio off and then heard his
wife say, “ you shouldn’t have done that.”
and the soldier said, “ FUCK THAT GUY!”
which I thought was a very nice thing for him
to tell his wife to do.
of course,
she never did.
anyhow, I never went to another live concert
and that night I listened to the radio very
quietly, my ear pressed to the
speaker.
war has its price and peace never lasts and
millions of young men everywhere would die
and as I listened to the classical music I
heard them making love, desperately and
mournfully, through Shostakovich, Brahms,
Mozart, through crescendo and climax,
and through the shared
wall of our darkness.
「私」はbumであった、という発語がこの詩のすべてを規定している。この「浮浪者」としての意識はそこに格別の感情のコンプレックスを感じさせることはない。お上品なクラシックのコンサートとの対比をとる必然性のほかには。「私」は安アパートに帰り、ラジオでクラシックを一人で聴くほうを選ぶ。そこからの語りがブコウスキーの本領である。薄い壁と暗闇をこのアパート住人である彼らは分け持っている。それらを介して、「私」たちを守るためにヒトラーとの戦いに出て行かなければならない兵士とその妻の絶望的な愛撫のうめきが聞こえてくる。そこにショスタコービッチやブラームス、モーツアルトの音楽と、兵士とその妻の愛撫のクレシェンドからクライマックスまでのうめきが重なる。
兵士の“ FUCK THAT GUY!”という呪詛の言葉を、文字通りその妻が「私」に対して実践してくれないかというユーモア、そのあとに続く戦争と平和に対する省察、そして何よりもこの詩の白眉であるthe shared wall of our darkness.という最後のフレーズの持つ真実さ。こういうシークエンスをつくることにかけてはブコウスキーにかなう詩人はいないだろう。
you tubeを探していたら、ブコウスキー本人がこの詩を朗読しているものが登録されていた。石川さんにならって、ぼくもはじめてここにそれをリンクしてみる。
朗読しているのは本人だが、このようなアニメ化は、ちょっとね。
2008年6月4日水曜日
狂人走、不狂人走
湯殿川散歩。一時間余り。連日の雨で濁っているのかと思ったが、そうでもなかった。段差になった滝壷のようなところで、逆流している水にもまれて、サッカーボールが流されることなく、くるくるといつまでも回っているのを眺める。五時過ぎだったが、散歩に連れ出された犬はみんな老齢で大人しかった。付き添っている人間もみんな老齢。走っている人もそうで、行き会うたびにお互いに自然と会釈した。時間が止まったような感覚。鶴見俊輔風カルタにすれば、「犬も歩けば人も歩く」。そこで脈絡もなく思い出したのが、清巌宗渭の「狂人走れば不狂人走る」という文句。
行きに鍬を打って畑の土をきれいに盛り返していた老齢のまさに農夫というべき人が、帰りには腰をおろして、自分がなしおえた作業をじっと見ていた。腰の曲がった人で、昔ふうの前垂れをかけて仕事をしているのを何回か目撃したことがある。声をかけてみたいと思うが、遠慮した。こういう人、こういう風景に出会うと、その昔にも出会ったことがあると思う、いや自らが生まれる前から、その人の生の哀歓も含めてすべてを熟知しているような気になるのはどうしてだろうか。そういう遺伝子が組み込まれているのか。
また帰りには、土手の整理をしつつ花の種を植えている老齢の人を見た。こういう人たちがいて、秋はコスモスの美しい群落を味わうことができるのだろう。短絡的な「自己表現」やストレスの憂さを晴らすばかりに、花や人を切り殺すこともある世の中で、ただ種をまき、土手を整える人もいるということだ。だれも振り向きもしない梅雨の晴れ間の川沿いの道。これこそ「狂人」の道かもしれない、などと考えた。
(蛇足)
「最低」の「不狂人」の集りと思っていた「最高」裁が、このクニの「国籍法」は憲法違反であるという判決を出し、けなげな子どもたちに日本国籍を与えることにした。そのニュースをテレビで知った。多数決によるものだが、それでもこれは「狂」を護るということ、その最たる「憲法」を護るということで久しぶりに画期的な判決であった。
行きに鍬を打って畑の土をきれいに盛り返していた老齢のまさに農夫というべき人が、帰りには腰をおろして、自分がなしおえた作業をじっと見ていた。腰の曲がった人で、昔ふうの前垂れをかけて仕事をしているのを何回か目撃したことがある。声をかけてみたいと思うが、遠慮した。こういう人、こういう風景に出会うと、その昔にも出会ったことがあると思う、いや自らが生まれる前から、その人の生の哀歓も含めてすべてを熟知しているような気になるのはどうしてだろうか。そういう遺伝子が組み込まれているのか。
また帰りには、土手の整理をしつつ花の種を植えている老齢の人を見た。こういう人たちがいて、秋はコスモスの美しい群落を味わうことができるのだろう。短絡的な「自己表現」やストレスの憂さを晴らすばかりに、花や人を切り殺すこともある世の中で、ただ種をまき、土手を整える人もいるということだ。だれも振り向きもしない梅雨の晴れ間の川沿いの道。これこそ「狂人」の道かもしれない、などと考えた。
(蛇足)
「最低」の「不狂人」の集りと思っていた「最高」裁が、このクニの「国籍法」は憲法違反であるという判決を出し、けなげな子どもたちに日本国籍を与えることにした。そのニュースをテレビで知った。多数決によるものだが、それでもこれは「狂」を護るということ、その最たる「憲法」を護るということで久しぶりに画期的な判決であった。
2008年6月2日月曜日
Sonnet 18
Shall I compare thee to a summer's day? (Sonnet 18)
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimmed;
And every fair from fair sometime declines,
By chance, or nature's changing course, untrimmed;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to Time thou grow'st.
So long as men can breathe, or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
William Shakespeare
君を夏の一日に喩へようか。
君は更に美しく、更に優しい。
心ない風は五月の蕾を散らし、
又、夏の期限が余りにも短いのを何とすればいいのか。
太陽の熱気は時には堪え難くて、
その黄金の面を遮る雲もある。
そしてどんなに美しいものもいつも美しくはなくて、
偶然の出来事や自然の変化に傷けられる。
併し君の夏が過ぎることはなくて、
君の美しさが褪せることもない。
この数行によって君は永遠に生きて、
死はその暗い世界を君がさ迷ってゐると得意げに言ふことは出来ない。
人間が地上にあって盲にならない間、
この数行は読まれて、君に生命を与える。
(吉田健一訳)
自らを限りなく隠しつつ、人を愛するということは、こういう詩を書くということに等しいのかもしれない。ここで呼ばれている「君」が男性であることも、この詩のこれ以上ない美しさと関係しているのかもしれない。そして吉田健一訳の省略と語句の選択、その句読法(パンクチュエイション)もすべて面白い。
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimmed;
And every fair from fair sometime declines,
By chance, or nature's changing course, untrimmed;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to Time thou grow'st.
So long as men can breathe, or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
William Shakespeare
君を夏の一日に喩へようか。
君は更に美しく、更に優しい。
心ない風は五月の蕾を散らし、
又、夏の期限が余りにも短いのを何とすればいいのか。
太陽の熱気は時には堪え難くて、
その黄金の面を遮る雲もある。
そしてどんなに美しいものもいつも美しくはなくて、
偶然の出来事や自然の変化に傷けられる。
併し君の夏が過ぎることはなくて、
君の美しさが褪せることもない。
この数行によって君は永遠に生きて、
死はその暗い世界を君がさ迷ってゐると得意げに言ふことは出来ない。
人間が地上にあって盲にならない間、
この数行は読まれて、君に生命を与える。
(吉田健一訳)
自らを限りなく隠しつつ、人を愛するということは、こういう詩を書くということに等しいのかもしれない。ここで呼ばれている「君」が男性であることも、この詩のこれ以上ない美しさと関係しているのかもしれない。そして吉田健一訳の省略と語句の選択、その句読法(パンクチュエイション)もすべて面白い。
2008年6月1日日曜日
Liederkreis
南條竹則の本『悲劇の詩人ダウスン』には、ダウスンと同時代の英国の作曲家フレデリック・ディリーアス(1862-1934)がダウスンの詩に曲をつけた「日没の歌」という管弦楽伴奏つきの声楽曲があるということが書いてあった。トマス・ビーチャム指揮で1911年にロンドンのクィーンズ・ホールで初演されたらしい。「シナラ」の作曲も手を染めながら、未完のまま放置され、ディーリアス晩年に助手エリック・フェンビーの協力を得て完成されたなど。これも1929年にビーチャム指揮、ジョン・ゴスのバリトンで初演された。これらをすべて収録したcdがあるのかどうか、この本でははっきりわからないが、トマス・ビーチャム指揮『ディーリアス管弦楽曲集』(東芝EMI・1993年)が紹介されていた。なお、南條はこのディーリアスという作曲家が好きで、そこからダウスンを知ったという。それを媒介したのが、三浦淳史という音楽批評家で、ディーリアス作曲の「シナラ」について音楽雑誌に書いたのを読んだことだという。三浦淳史というすばらしい音楽批評家もディーリアスもすべてぼくにとっては初耳であった。
トマス・ビーチャム指揮『ディーリアス管弦楽曲集』に三浦淳史がつけた解説の一節を南條の本から孫引きしておく。
――恋に破れたダウスンは傷ついた獣のように紅灯の巷をさすらい、その弱い肉体と心を衰えさせていった。ディーリアスもパリ時代には夜の巷を彷徨し、芸術家仲間と奔放な生活を送った。《日没の歌》は「イングリッシュ・ヴェルレーヌ」といわれたダウソンの絶妙な抒情詩に付曲したソング・サイクル(通篇歌曲)である。――
こういう解説を読むと、このcdを求めたくなるのはあたりまえである。
金曜日、私事で南大沢に行く。その帰り、橋本の山野楽器でディーリアスのcdを探した。一つだけあったが、件のものはなかった。シュトラウスの「四つの最後の歌」のそれが二、三枚もあったのには驚いた、吉田さんの本の影響だと思う。お店のパソコンで調べてもらったが、というより自分で調べたのだが『ディーリアス管弦楽曲集』はなかった。あまり追求する元気もなかったから、そのままにした。
そのかわり、目に飛び込んできたのが、グールドのThe Complete Goldberg Variations 1955&1981という、02年に出たソニーのメモリアルバージョン。三枚のディスクが入っていて、三枚目は、ティム・ペイジという若い批評家とグールドの対談が入っている。なぜか、我が家には、あの有名な初演?と再収録のグールドのGoldbergがなかったので、衝動買いする。これを聴きながら書いている。55年のテンポの速さ、81年の<パルス>(グールドはティムに答えて、テンポをパルスと言い直している)の見通しによる、生から死までの、ゆったりとして、しかし毅然と耐えているような、まさに脈動としかいいようのない、そのリズムの刻み方と変化に、茫然としつつ。
演奏家というのは、その曲の「解釈」にすべてをかけていると思うのだが、とくにグールドはそうだ。グールドはあるときからモーツアルトに絶望して、弾かなくなった。それに比して彼をここまで執着させたバッハというのはともかくもすごい作曲家だったのだろう。
ところで、歌曲の作曲家というのも、そのもとになる「詩」の解釈というか、読みがすべてであろう。R・シュトラウスはヘッセの詩に付曲したが、ヘッセはシュトラウスが大嫌いで、ある人があなたの詩にシュトラウスが、というのを聞いても、おれには関係ないという態度を貫いたらしい。これは吉田秀和の本にある。それぞれが、もう、その段階では別の位相にあるということか。バッハもグールドを聴いたらヘッセのような感想をもらしたかもしれない。互いに関係はあるが、自立した「作品」。
日本の詩人でいえば、谷川俊太郎の詩はよく作曲されている。ここが日本的なのだが、そのほとんどが合唱曲である。ああ、と今ぼくは思うのだが、それもコンクール用のものが多いのだ。木下牧子の曲などぼくは好きではある。しかし、谷川の詩を管弦楽つきで作曲したのがあるのだろうか。シュトラウスやディーリアスが作曲したヘッセやダウスンのように。リーダー・クライス、同じことだがソング・サイクル(通篇歌曲)のような形式で書かれた日本の詩人の曲を聴いてみたいものである。(合唱曲ではなく)
トマス・ビーチャム指揮『ディーリアス管弦楽曲集』に三浦淳史がつけた解説の一節を南條の本から孫引きしておく。
――恋に破れたダウスンは傷ついた獣のように紅灯の巷をさすらい、その弱い肉体と心を衰えさせていった。ディーリアスもパリ時代には夜の巷を彷徨し、芸術家仲間と奔放な生活を送った。《日没の歌》は「イングリッシュ・ヴェルレーヌ」といわれたダウソンの絶妙な抒情詩に付曲したソング・サイクル(通篇歌曲)である。――
こういう解説を読むと、このcdを求めたくなるのはあたりまえである。
金曜日、私事で南大沢に行く。その帰り、橋本の山野楽器でディーリアスのcdを探した。一つだけあったが、件のものはなかった。シュトラウスの「四つの最後の歌」のそれが二、三枚もあったのには驚いた、吉田さんの本の影響だと思う。お店のパソコンで調べてもらったが、というより自分で調べたのだが『ディーリアス管弦楽曲集』はなかった。あまり追求する元気もなかったから、そのままにした。
そのかわり、目に飛び込んできたのが、グールドのThe Complete Goldberg Variations 1955&1981という、02年に出たソニーのメモリアルバージョン。三枚のディスクが入っていて、三枚目は、ティム・ペイジという若い批評家とグールドの対談が入っている。なぜか、我が家には、あの有名な初演?と再収録のグールドのGoldbergがなかったので、衝動買いする。これを聴きながら書いている。55年のテンポの速さ、81年の<パルス>(グールドはティムに答えて、テンポをパルスと言い直している)の見通しによる、生から死までの、ゆったりとして、しかし毅然と耐えているような、まさに脈動としかいいようのない、そのリズムの刻み方と変化に、茫然としつつ。
演奏家というのは、その曲の「解釈」にすべてをかけていると思うのだが、とくにグールドはそうだ。グールドはあるときからモーツアルトに絶望して、弾かなくなった。それに比して彼をここまで執着させたバッハというのはともかくもすごい作曲家だったのだろう。
ところで、歌曲の作曲家というのも、そのもとになる「詩」の解釈というか、読みがすべてであろう。R・シュトラウスはヘッセの詩に付曲したが、ヘッセはシュトラウスが大嫌いで、ある人があなたの詩にシュトラウスが、というのを聞いても、おれには関係ないという態度を貫いたらしい。これは吉田秀和の本にある。それぞれが、もう、その段階では別の位相にあるということか。バッハもグールドを聴いたらヘッセのような感想をもらしたかもしれない。互いに関係はあるが、自立した「作品」。
日本の詩人でいえば、谷川俊太郎の詩はよく作曲されている。ここが日本的なのだが、そのほとんどが合唱曲である。ああ、と今ぼくは思うのだが、それもコンクール用のものが多いのだ。木下牧子の曲などぼくは好きではある。しかし、谷川の詩を管弦楽つきで作曲したのがあるのだろうか。シュトラウスやディーリアスが作曲したヘッセやダウスンのように。リーダー・クライス、同じことだがソング・サイクル(通篇歌曲)のような形式で書かれた日本の詩人の曲を聴いてみたいものである。(合唱曲ではなく)
madder music and stronger wine
NON SUM QUALIS ERAM BONAE SUB REGNO CYNARAE
by: Ernest Dowson
Last night, ah, yesternight, betwixt her lips and mine
There fell thy shadow, Cynara! thy breath was shed
Upon my soul between the kisses and the wine;
And I was desolate and sick of an old passion,
Yea, I was desolate and bow'd by head:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.
All night upon mine heart I felt her warm heart beat,
Night-long within mine arms in love and sleep she lay;
Surely the kisses of her bought red mouth were sweet;
But I was desolate and sick of an old passion,
When I awoke and found the dawn was gray:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fasion.
I have forgot much, Cynara! gone with the wind,
Flung roses, roses, riotously with the throng,
Dancing, to put thy pale lost lilies out of mind;
But I was desolate and sick of an old passion,
Yea, all the time, because the dance was long:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.
I cried for madder music and for stronger wine,
But when the feast is finish'd and the lamps expire,
Then falls thy shadow, Cynara! the night is thine;
And I am desolate and sick of an old passion,
Yea, hungry for the lips of my desire:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.
昨夕(ゆふべ)、ああ、昨宵(よべ)、たはれ女とかたみにかはす接吻(くちづけ)を
あはれシナラよ、汝が影のふとさへぎりて、その息吹
酔ひほうけたるわが霊(たま)の上に落つれば、
われはしも昔の恋を想ひ出てここちなやまし、
さなりわれ、こころやぶれて額(ぬか)垂れぬ。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
よもすがら、わが胸の上(へ)にその胸の動悸をつたへ、
よもすがらわれにいだかれて甘睡(うまい)むすべり、たはれめは。
一夜妻なれ、その紅き唇(くち)のあまさよ如何ならむ。
さはれ、むかしをおもひ出てわれうらぶれぬ、
むすびかねたる手枕の曙の夢さめしとき。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
われは多くをうち忘れ、シナラよ、風とさすらひて、
世の人の群れにまじはり狂ほしく薔薇(さうび)をなげぬ、薔薇(さうび)をば。
色香も失せし白百合の君が面影忘れんと舞ひつ踊りつ。
さはれ、かのむかしの恋に胸いたみ、こころはさびぬ、
そのをどりつねにながきに過ぎたれば。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
いやくるほしき楽の音を、またいやつよき酒呼べど、
酒宴(うたげ)のはてて燈火(ともしび)の消えゆくときは、
シナラよ、あはれ、なが影のまたも落ち来て夜を領(し)れば、
われは昔の恋ゆゑに、ここちなやみてうらぶれつ、
ただいろあかき唇を恋ふるこころぞつのるなれ。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
(矢野峰人 訳)
イギリス19世紀末のデカダン詩人、アーネスト・ダウスンの詩。それを英文学者、矢野峰人が流麗な文語調で訳したもの。このダウスンという人の名など、よっぽどの愛好者でなければ聞いたこともないにちがいない。ぼくも、名前だけは聞いたり、見たりしたような気がしたけど、この詩を読んだのは初めてだった。南條竹則という人の『悲劇の詩人ダウスン』(集英社新書)を読んで、こういう途方も無く「不幸」で、規格はずれの詩人がいたことに驚くとともに、彼がとくにこの日本の作家や学者たちに偏愛されてきた歴史を持つことも知った。佐藤春夫や西条八十、あの火野葦平などもダウスンの詩を好み、訳している。ダウスンの伝記や受容史については、『悲劇の詩人ダウスン』を読んでもらえればいい。言いたかったのは、この訳詩のスタイルの、古さと新しさということだ。
ぼくは今の詩人たちの詩がよくわからない。それは、こういう種類の、この訳詩にみられるようなわからなさと、はっきり言って、そんなに違いはない、わかりにくさである。ということは、わかりにくさの根源は、はかれないということ。新しさをいくら偽造しても、この訳詩にはかなわない。スタイルの上での比較だが、それにしても、この訳詩の一貫性をこえる、どんな「現代詩」もありはしない。こういう文体を早々と捨ててしまったのは、そこにあった大きな可能性、日本語の可能性を捨ててしまったということだ。日本語の象徴詩などの流れも含めて。笑う前に、文体の練習として、この訳詩のようなエクリチュールに身を浸すのも必要なのではないか、とぼくはこれを読んで考えた。
(この詩のタイトルは、南條の本によると、ホラティウス『歌章』からの長い引用、すなわち「我は良きキュナラの支配を受けしころの我にはあらず」という文句ということだ。ラテン読みのキュナラがシナラといことだ。)
by: Ernest Dowson
Last night, ah, yesternight, betwixt her lips and mine
There fell thy shadow, Cynara! thy breath was shed
Upon my soul between the kisses and the wine;
And I was desolate and sick of an old passion,
Yea, I was desolate and bow'd by head:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.
All night upon mine heart I felt her warm heart beat,
Night-long within mine arms in love and sleep she lay;
Surely the kisses of her bought red mouth were sweet;
But I was desolate and sick of an old passion,
When I awoke and found the dawn was gray:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fasion.
I have forgot much, Cynara! gone with the wind,
Flung roses, roses, riotously with the throng,
Dancing, to put thy pale lost lilies out of mind;
But I was desolate and sick of an old passion,
Yea, all the time, because the dance was long:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.
I cried for madder music and for stronger wine,
But when the feast is finish'd and the lamps expire,
Then falls thy shadow, Cynara! the night is thine;
And I am desolate and sick of an old passion,
Yea, hungry for the lips of my desire:
I have been faithful to thee, Cynara! in my fashion.
昨夕(ゆふべ)、ああ、昨宵(よべ)、たはれ女とかたみにかはす接吻(くちづけ)を
あはれシナラよ、汝が影のふとさへぎりて、その息吹
酔ひほうけたるわが霊(たま)の上に落つれば、
われはしも昔の恋を想ひ出てここちなやまし、
さなりわれ、こころやぶれて額(ぬか)垂れぬ。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
よもすがら、わが胸の上(へ)にその胸の動悸をつたへ、
よもすがらわれにいだかれて甘睡(うまい)むすべり、たはれめは。
一夜妻なれ、その紅き唇(くち)のあまさよ如何ならむ。
さはれ、むかしをおもひ出てわれうらぶれぬ、
むすびかねたる手枕の曙の夢さめしとき。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
われは多くをうち忘れ、シナラよ、風とさすらひて、
世の人の群れにまじはり狂ほしく薔薇(さうび)をなげぬ、薔薇(さうび)をば。
色香も失せし白百合の君が面影忘れんと舞ひつ踊りつ。
さはれ、かのむかしの恋に胸いたみ、こころはさびぬ、
そのをどりつねにながきに過ぎたれば。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
いやくるほしき楽の音を、またいやつよき酒呼べど、
酒宴(うたげ)のはてて燈火(ともしび)の消えゆくときは、
シナラよ、あはれ、なが影のまたも落ち来て夜を領(し)れば、
われは昔の恋ゆゑに、ここちなやみてうらぶれつ、
ただいろあかき唇を恋ふるこころぞつのるなれ。
われはわれとてひとすぢに恋ひわたりたる君なれば、
あはれシナラよ。
(矢野峰人 訳)
イギリス19世紀末のデカダン詩人、アーネスト・ダウスンの詩。それを英文学者、矢野峰人が流麗な文語調で訳したもの。このダウスンという人の名など、よっぽどの愛好者でなければ聞いたこともないにちがいない。ぼくも、名前だけは聞いたり、見たりしたような気がしたけど、この詩を読んだのは初めてだった。南條竹則という人の『悲劇の詩人ダウスン』(集英社新書)を読んで、こういう途方も無く「不幸」で、規格はずれの詩人がいたことに驚くとともに、彼がとくにこの日本の作家や学者たちに偏愛されてきた歴史を持つことも知った。佐藤春夫や西条八十、あの火野葦平などもダウスンの詩を好み、訳している。ダウスンの伝記や受容史については、『悲劇の詩人ダウスン』を読んでもらえればいい。言いたかったのは、この訳詩のスタイルの、古さと新しさということだ。
ぼくは今の詩人たちの詩がよくわからない。それは、こういう種類の、この訳詩にみられるようなわからなさと、はっきり言って、そんなに違いはない、わかりにくさである。ということは、わかりにくさの根源は、はかれないということ。新しさをいくら偽造しても、この訳詩にはかなわない。スタイルの上での比較だが、それにしても、この訳詩の一貫性をこえる、どんな「現代詩」もありはしない。こういう文体を早々と捨ててしまったのは、そこにあった大きな可能性、日本語の可能性を捨ててしまったということだ。日本語の象徴詩などの流れも含めて。笑う前に、文体の練習として、この訳詩のようなエクリチュールに身を浸すのも必要なのではないか、とぼくはこれを読んで考えた。
(この詩のタイトルは、南條の本によると、ホラティウス『歌章』からの長い引用、すなわち「我は良きキュナラの支配を受けしころの我にはあらず」という文句ということだ。ラテン読みのキュナラがシナラといことだ。)
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