2008年5月20日火曜日

なんとなく駄句

 今日は山の上の職場に7時半までいた。やっと明日からの前期中間のテスト問題を作成した。修道院はひっそりとしていた。夜の道を車で帰るのは、何年かぶりで、怖かったが、事故も起こさずなんとか。「一太郎」を使って、問題を作ったのだが、これを搭載しているパソコンが少なくて、探すのに四苦八苦した。慣れないのと、印刷室の混雑振りなどで遅れて、こんな時間になったのだ。でも、もっと早く取り組むべしというのがいつもの教訓。

 期末は問題を作っていて、それに合わせて授業をやってみようか。不可能事だな。

 朝方の雨で、家の塗装は中止。台風に備えて、ネットをたたんでくれているので、きれいな月がよく見える。

生あれば五月雨のなか仕事ゆく
夏籠りの尼さんシスター化学教え
昼間の師晩鐘とともにナンになる
被昇天の聖母あがめる学び舎にて
薄暗き御堂にぬかづく乙女あり
エクリチュール抹香くさきは疲労のせい
聖母図を掲げし部屋で太宰語る
授業の合間合間に浮かぶ空
無垢のなか気配兆すは人の子よ
夕さればしじまのなかゆ御堂たつ
浮浪猫と四川の乙女は己呼び
慈しみとは何の謂いぞ聖歌聴く
エゴの花生ある日よりエゴイスト

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

夕さればしじまのなかゆ御堂たつ

これ、いいですね。俳人なら季語がないのが惜しいとか言うでしょうけれど、ぜんぜんそんなことはありません。banさんの何かを求めるこころが揺らぎ立っているばかりです。

ban さんのコメント...

ありがとう。
もっといい句を産みたい。詩も、と考えながら、日々追いまくられています。だれもそうでしょうが。