6年ぶりに、昔の職場で授業をした。昔の卒業学年の生徒の妹がいた。この学校は横田基地への飛行機の進入経路の下にあるので、基地から離れているといえ、窓を開けていると、飛行機(その種類は知らない、いずれにせよ軍用機)が通過するときは、かなりの轟音だ。そのために都立校としては早くからエアコンが設置されていて、それが自慢とも言えぬ自慢だったが(そのエアコンも都の予算削減とかいうことで厳しく使用時期や時間が定められている)、今日はその時期ではなく、窓を開けていたせいか、授業が寸断されるような感じがした。思わず、生徒たちに「普天間」基地のことなど話した。比較にはならないが、これがもっとすごかったら全く授業など成り立たないよね、と。
全国の知事会で鳩山首相が基地移設のお願いなどをしていた。そのあとで、石原が「全くナンセンスな会議だった」と、いつものナンセンスな感想をもらしていた。
2010年5月25日火曜日
鉋をかけると鉋屑が出る
急激に忙しくなりそうな予感に脅えている。まず山の上、採点を済ますこと。山の東、木曜、金曜と5時間だが、臨時の仕事を依頼される。断れない性分がここでも自分を苦しめることになる。市ヶ谷あたりの原稿にもそろそろ取りかからなければならない。愚息の結婚式、これは楽しみだが、これも控えている。娘とそのパートナーがアメリカからこの式に参列するためにもうすぐやってくる、これも楽しみだが、如上の仕事が順調に行くことが気分の上でもっとも大切である(からして、がんばろうという、自分への励まし。)
日曜日、日本現代詩人会の「日本の詩祭2010」。その第一部の司会を和服姿の美しい新井さんとともにする。これまでのH氏賞受賞者10名の朗読は圧巻だった。われわれの分担である第一部のメインであり、時間通りに終わってほっとした。いろんな方と会うことができた、私の詩の上での精神的な師とでも言うべき、こたきこなみ さんとは二十年余りを経て対面することができた。ほんとうにうれしかった。二次会の飲み会に五十人ほど参加していたのには吃驚した。ここで受賞者の田原氏や高橋睦郞氏などから親しくその話を聴くことができた。高橋さんの強烈な人物批判に驚くとともに感心する。帰りは、これも久しぶりに京都から出てきて二次会にも出席していた河津さんと一緒の電車で、ずっとしゃべりながら帰る。元気でよかった。彼女は国立で降りる。私はやはり相当くたびれた一日であった。
日曜日、日本現代詩人会の「日本の詩祭2010」。その第一部の司会を和服姿の美しい新井さんとともにする。これまでのH氏賞受賞者10名の朗読は圧巻だった。われわれの分担である第一部のメインであり、時間通りに終わってほっとした。いろんな方と会うことができた、私の詩の上での精神的な師とでも言うべき、こたきこなみ さんとは二十年余りを経て対面することができた。ほんとうにうれしかった。二次会の飲み会に五十人ほど参加していたのには吃驚した。ここで受賞者の田原氏や高橋睦郞氏などから親しくその話を聴くことができた。高橋さんの強烈な人物批判に驚くとともに感心する。帰りは、これも久しぶりに京都から出てきて二次会にも出席していた河津さんと一緒の電車で、ずっとしゃべりながら帰る。元気でよかった。彼女は国立で降りる。私はやはり相当くたびれた一日であった。
2010年5月22日土曜日
途上
今朝の朝日の連載もの、「うたの旅人」は森田童子の「ぼくたちの失敗」だった。一読して、森田の歌を聴きたくなったので、youtubeで探す。そこにあるほとんど全てを聴き、「再生リスト」に入れておく。これで午前中の時間のすべてを費やすが、後悔しない。それほど素晴らしかった。全部おなじ曲のように聞こえるが、泣きたくなるほど詩(詞)がぼくの記憶のどこかをくすぐるように突く。忘れたと思っている記憶が蘇生する、たまらくなるというような経験。たぶん同時代人だが、同時に聞いてきたという経験が私にはない。逆にそれだから今の地点で鮮やかに響くのだろう。彼女は現在は活動を停止しているということだ、停止というより止めたということの方が正確かも。その歌のすべては、メジャーな市場で売れる(売れたこともある)よりも、そんなものに関係なく、ひたすら亡滅に向かって走って行く、その旅の途上のスケッチである。
2010年5月18日火曜日
生還
43度の、たしか5年間沖縄の鍾乳洞に寝かせたという泡盛の古酒を下落合の杉原先生のところで、昔の同僚2名とともにご馳走になる。奥様のいつものフルコース(最後はおそばでした、たしかそうだよね)を満喫しながら、贅沢な時間を過ごす。ありがとうございました。杉原先生は79歳とは思えないほど、酔うほどに舌鋒鋭く、教育問題や、いつまでも成長しない、幼児のような、反省なき仇敵石原某都知事を切って捨ててくれた。溜飲が下がるにつれて、酔いの濃度は上がる。さすがに昔とは異なり、きちんと挨拶をして三名は帰宅の途にのぼったのであった。三名の一人は先輩、ぼくとKは同い年。久しぶりに杉原先生のところで、ところだから会えたのだろう。これが16日、日曜日の出来事。自宅に帰り着いたのは17日を過ぎていたが、無事生還。
2010年5月15日土曜日
基地反対
「基地反対」ゆるむはちまき締めなほし一万五千の一点に立つ
伊仙 水島 徹
徳之島、伊仙町に住む老父が、南日本新聞の「南日歌壇」の永田和宏選の一番初め(なんというのか、一席とでもいうのか)に選ばれたと言って、ファックスで新聞(5月13日)を今晩送ってきてくれた。
その永田の評は「もちろん他人事ではなかろう。たとえ一万五千分の一であろうとも、「ゆるむはちまき」を締めなおし、反対を叫ぶ声は大きい」というのである。
私は次のような感想を書いて父に送った。
「とてもいい歌だと思います。引きしぼってゆく叙述と情念の一致が歌の形式を越えた真実を読む者に伝えます。」
伊仙 水島 徹
徳之島、伊仙町に住む老父が、南日本新聞の「南日歌壇」の永田和宏選の一番初め(なんというのか、一席とでもいうのか)に選ばれたと言って、ファックスで新聞(5月13日)を今晩送ってきてくれた。
その永田の評は「もちろん他人事ではなかろう。たとえ一万五千分の一であろうとも、「ゆるむはちまき」を締めなおし、反対を叫ぶ声は大きい」というのである。
私は次のような感想を書いて父に送った。
「とてもいい歌だと思います。引きしぼってゆく叙述と情念の一致が歌の形式を越えた真実を読む者に伝えます。」
2010年5月14日金曜日
はるばるきぬる旅
昨日は根津美術館へ尾形光琳の燕子花図を見に行く。立って見、座って見、飽きることがなかった。
大胆にデザイン化されたこの屏風絵を見ていて、毎度のことながら江戸時代の「文化」「芸術」の極度の洗練と高度さを思わずにはいられなかった。その他の蒔絵の施された工芸品も、茶道具などのすごさも。
この絵は伊勢物語の八橋の段を面影にしていると言われる。「唐衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」。日本で一番有名なacrosticの和歌だ。
万葉集の巻十に夏相聞の部立で、「吾のみやかく恋すらむ杜若丹つらふ妹は如何にかあらむ」という可憐な片思いの歌が杜若(かきつばた)に関してある。この歌はいいなと思った。
以下、美術館の庭の杜若。
大胆にデザイン化されたこの屏風絵を見ていて、毎度のことながら江戸時代の「文化」「芸術」の極度の洗練と高度さを思わずにはいられなかった。その他の蒔絵の施された工芸品も、茶道具などのすごさも。
この絵は伊勢物語の八橋の段を面影にしていると言われる。「唐衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」。日本で一番有名なacrosticの和歌だ。
万葉集の巻十に夏相聞の部立で、「吾のみやかく恋すらむ杜若丹つらふ妹は如何にかあらむ」という可憐な片思いの歌が杜若(かきつばた)に関してある。この歌はいいなと思った。
以下、美術館の庭の杜若。
2010年5月13日木曜日
The May Magnificant
The May Magnificant
Gerard Manley Hopkins
MAY is Mary’s month, and I
Muse at that and wonder why:
Her feasts follow reason,
Dated due to season—
Candlemas, Lady Day;
But the Lady Month, May,
Why fasten that upon her,
With a feasting in her honour?
Is it only its being brighter
Than the most are must delight her?
Is it opportunest
And flowers finds soonest?
Ask of her, the mighty mother:
Her reply puts this other
Question: What is Spring?—
Growth in every thing—
Flesh and fleece, fur and feather,
Grass and greenworld all together;
Star-eyed strawberry-breasted
Throstle above her nested
Cluster of bugle blue eggs thin
Forms and warms the life within;
And bird and blossom swell
In sod or sheath or shell.
All things rising, all things sizing
Mary sees, sympathising
With that world of good,
Nature’s motherhood.
Their magnifying of each its kind
With delight calls to mind
How she did in her stored
Magnify the Lord.
Well but there was more than this:
Spring’s universal bliss
Much, had much to say
To offering Mary May.
When drop-of-blood-and-foam-dapple
Bloom lights the orchard-apple
And thicket and thorp are merry
With silver-surfèd cherry
And azuring-over greybell makes
Wood banks and brakes wash wet like lakes
And magic cuckoocall
Caps, clears, and clinches all—
This ecstasy all through mothering earth
Tells Mary her mirth till Christ’s birth
To remember and exultation
In God who was her salvation.
五月はマリア様の月 そして私は
そのことを心に想い どうしてなのだろうといぶかる
彼女の祝日にはちゃんとした理由があるのだ
季節によってその日は決められるのだ―
御清めの祝日があり 御告げも祝日がある
しかし御母の祝日は五月なのだ
何故その月を彼女にあてるのだろう
彼女を祝う宴を開いて?
五月がどの月よりも輝かしいということだけが
彼女を喜ばせるのだろうか
それは一番すばらしい時期なのだろうか
花もすぐに見つかる時なのだろうか?
彼女に あのすばらしい御母に聞いてみるがよい
彼女は答える代わりに次のように問いかけるだろう
春とは何でしょう?― そして答えて
それは万物の成長の源なのです―
肉と羊毛 毛皮と羽根 草とみどりの世界
それらすべてのものの成長の源なのです と
星のような眼をした いちごのような胸をしたつぐみは
重なるように産みつけた一群の
青じそ色をした殻の薄い卵を抱いて
その中の生命を養い 暖める
そして鳥も花も 芝地や莢や殻の中で
だんだんと大きくなって行く
すべてのものがよみがえり すべてのものがそれぞれに育って行く
マリア様はすばらしい世界を
自然の母なる姿をご覧になって
心から共鳴されるのだ
万物は各の種をよろこびをもって
讃えている そのことは御母が
胎内にお宿しになった主を
讃えられたことを思い起こさせてくれる
いや しかしこれ以上のことがあったのだ
世界に行きわたる春のよろこびは
マリア様に五月という月を捧げることと
深い深い関係があるのだ
血の滴と泡の白さがまだらに入り混じったような花が
りんごの果樹園に灯をともし
茂みと野原が きらきらと光る
さくらんぼと陽気にたわむれ合って
あたり一面を青く染めたつるがね草が
湖のように 森の斜面と茂みを うるおすように波立たせ
妖しいまでに美しいかっこうの啼き声が
すべてをしのぎ 越え 圧する時―
この恍惚感は母なる大地に行きわたって
キリストの御生誕までのよろこびと
彼女の救いである 神への歓喜とを
マリア様がいつまでも心に留めておくようにするのだ
(安田・緒方訳・春秋社「ホプキンズ詩集」より)
(ノート)
カトリックでは五月は「聖母月」とも言われるが、その理由をHopkinsらしい発想とすばらしい比喩で述べた詩と言える。書き写していて、翻訳の宗教臭に嫌になるところもあるが、それをこえて、特に5、6連、10、11連の自然のとらえ方のあたたかさや美しさは比類がない。
Gerard Manley Hopkins
MAY is Mary’s month, and I
Muse at that and wonder why:
Her feasts follow reason,
Dated due to season—
Candlemas, Lady Day;
But the Lady Month, May,
Why fasten that upon her,
With a feasting in her honour?
Is it only its being brighter
Than the most are must delight her?
Is it opportunest
And flowers finds soonest?
Ask of her, the mighty mother:
Her reply puts this other
Question: What is Spring?—
Growth in every thing—
Flesh and fleece, fur and feather,
Grass and greenworld all together;
Star-eyed strawberry-breasted
Throstle above her nested
Cluster of bugle blue eggs thin
Forms and warms the life within;
And bird and blossom swell
In sod or sheath or shell.
All things rising, all things sizing
Mary sees, sympathising
With that world of good,
Nature’s motherhood.
Their magnifying of each its kind
With delight calls to mind
How she did in her stored
Magnify the Lord.
Well but there was more than this:
Spring’s universal bliss
Much, had much to say
To offering Mary May.
When drop-of-blood-and-foam-dapple
Bloom lights the orchard-apple
And thicket and thorp are merry
With silver-surfèd cherry
And azuring-over greybell makes
Wood banks and brakes wash wet like lakes
And magic cuckoocall
Caps, clears, and clinches all—
This ecstasy all through mothering earth
Tells Mary her mirth till Christ’s birth
To remember and exultation
In God who was her salvation.
五月はマリア様の月 そして私は
そのことを心に想い どうしてなのだろうといぶかる
彼女の祝日にはちゃんとした理由があるのだ
季節によってその日は決められるのだ―
御清めの祝日があり 御告げも祝日がある
しかし御母の祝日は五月なのだ
何故その月を彼女にあてるのだろう
彼女を祝う宴を開いて?
五月がどの月よりも輝かしいということだけが
彼女を喜ばせるのだろうか
それは一番すばらしい時期なのだろうか
花もすぐに見つかる時なのだろうか?
彼女に あのすばらしい御母に聞いてみるがよい
彼女は答える代わりに次のように問いかけるだろう
春とは何でしょう?― そして答えて
それは万物の成長の源なのです―
肉と羊毛 毛皮と羽根 草とみどりの世界
それらすべてのものの成長の源なのです と
星のような眼をした いちごのような胸をしたつぐみは
重なるように産みつけた一群の
青じそ色をした殻の薄い卵を抱いて
その中の生命を養い 暖める
そして鳥も花も 芝地や莢や殻の中で
だんだんと大きくなって行く
すべてのものがよみがえり すべてのものがそれぞれに育って行く
マリア様はすばらしい世界を
自然の母なる姿をご覧になって
心から共鳴されるのだ
万物は各の種をよろこびをもって
讃えている そのことは御母が
胎内にお宿しになった主を
讃えられたことを思い起こさせてくれる
いや しかしこれ以上のことがあったのだ
世界に行きわたる春のよろこびは
マリア様に五月という月を捧げることと
深い深い関係があるのだ
血の滴と泡の白さがまだらに入り混じったような花が
りんごの果樹園に灯をともし
茂みと野原が きらきらと光る
さくらんぼと陽気にたわむれ合って
あたり一面を青く染めたつるがね草が
湖のように 森の斜面と茂みを うるおすように波立たせ
妖しいまでに美しいかっこうの啼き声が
すべてをしのぎ 越え 圧する時―
この恍惚感は母なる大地に行きわたって
キリストの御生誕までのよろこびと
彼女の救いである 神への歓喜とを
マリア様がいつまでも心に留めておくようにするのだ
(安田・緒方訳・春秋社「ホプキンズ詩集」より)
(ノート)
カトリックでは五月は「聖母月」とも言われるが、その理由をHopkinsらしい発想とすばらしい比喩で述べた詩と言える。書き写していて、翻訳の宗教臭に嫌になるところもあるが、それをこえて、特に5、6連、10、11連の自然のとらえ方のあたたかさや美しさは比類がない。
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