2012年4月6日金曜日

僧侶になる

今朝の朝日新聞、知花昌一さんが、大谷派の僧侶になったという記事があった。写真も添えられていた。1987年の沖縄国体で読谷村(知花さんの村だ)のソフトボール会場に掲げられた「日の丸」を引きずり下ろし焼いた人だ。ノーマ・フィールド「天皇の逝く国で」にはノーマによる彫りの深い知花さんのルポルタージュ― a supermarket owner―がある。これを読んで知花さんの行動の必然とその人となりを知り、普通の人による内在的なconformism批判の行動の重要性というのを学んだ。もちろん沖縄、読谷における「集団自決」の出来事などが知花さんに戦前、戦争時の軍国主義日本とそのシンボルとしての'rising sun'に対する憎悪の念を抱かせたには違いないが、そのような憎悪の気持ちと一人の普通の人間として日常の行動の中で思想として組み立て、訴えていくこととはまた別のことだとも思う。その困難な道を知花さんは妥協することなく歩んできて、今は僧侶になったということだろう。かつての過激な「反戦地主」と今はどうつながっているのだろうか。「沖縄を戦争のためにもう使わせない。仏教は平和と平等を願うもの。その精神を基地問題にも貫いてゆきたい。」と語っている。知花さんならやれるし、やるだろう、と思う。

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