2009年3月25日水曜日

Spring and All

Spring and All    ・ William Carlos Williams (1883-1963)


By the road to the contagious hospital
under the surge of the blue
mottled clouds driven from the
northeast -- a cold wind. Beyond, the
waste of broad, muddy fields
brown with dried weeds, standing and fallen

patches of standing water
the scattering of tall trees

All along the road the reddish
purplish, forked, upstanding, twiggy
stuff of bushes and small trees
with dead, brown leaves under them
leafless vines --

Lifeless in appearance, sluggish
dazed spring approaches --

They enter the new world naked,
cold, uncertain of all
save that they enter. All about them
the cold, familiar wind --

Now the grass, tomorrow
the stiff curl of wildcarrot leaf

One by one objects are defined --
It quickens: clarity, outline of leaf

But now the stark dignity of
entrance -- Still, the profound change
has come upon them: rooted they
grip down and begin to awaken



春など ・ ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ

伝染病院に続く道のそば、
北東から吹き寄せられた、青い
まだらな雲の大波の
下に―冷たい風。その向こうには、
だだっ広い泥んこの畠が一面茶色に染まり、
枯れた雑草が立ったり寝たり。

そこここに澱んだ水たまり。
背のたかい木立が点々と。
 
道路沿いにずっと、赤っぽいのやら
紫がかったのやら、先分かれしたり直立したり、とげとげの
小枝を伸ばしたりしている藪や小さな木々のかたまり、
その根もとには茶色の枯葉、
葉のない蔓―
 
少しも生気がないように見えながら、のろのろと、
とまどいつつ、春が近づいてくる―
 
すべては裸のまま、寒そうに、新しい世界に
入っていく―入っていくこと以外には、何もよく
わからないままに。そのまわり一面に、
おなじみの冷たい風―

今日は草、明日は
ノラニンジンのかたい巻き毛と、
ひとつずつ、ものの形が定まっていく―
活気づいて、くっきりと、葉に輪郭ができる。

だが今はまだ、入っていくものの、飾り気のない
威厳があるばかり―それでもやはり、底深い変化が
かれらを訪れたのだ。根を張り、しっかりと
足元を固めて、かれらは目を覚ましにかかる。(「アメリカ名詩選」岩波文庫の訳)



春の訪れのイメージのおもしろさ、文体特徴としての短さなどにおいてとても発句的な作品。
Lifeless in appearance, sluggish
dazed spring approaches --
という春の接近の仕方は、蕪村的でもある。sluggish dazed spring approaches という語を声に
出して読んでみる。sluggishという語は怠惰な、無精なという意味の語だが、この語がdazed(困惑、茫然とした)をはさんでspring にかかる。s音のアリタレーションの響きが、この詩の「春」のイメージを支えている。

2009年3月22日日曜日

春日狂想

春日狂想                            

    奉仕の気持に、ならなけあならない(中原中也「春日狂想」より)


チェスタートンが指摘しているように
詩人は発狂しないが、チェスプレーヤーや数学者は発狂する。
某大臣が指摘したように
政治家は発狂しないが、教師たちは発狂する。
思うに詩人は想像に生き、政治家は何も考えないから
彼らには「たまる」ということがありえないからなのか。

春楊 葛山 発雲 立座 妹念
(これは、人麻呂歌集の、万葉集中の最短字数の表記の歌。)
春柳葛城山に立つ雲の 立ちてもゐても 妹をしぞ念ふ
このたまらなさは、たまらないほどすき、
春の葛城山に、春のはるかな、野に山に、私は連れ出される、
そこに雲が立つ、私も立つ、私は座る、立っても座っても思うのだ
あなたのことが、たまらなくすき、

しかし
「さもしい」埃のような親譲りの「矜持」をちらつかせ、
短いフレーズで、たまらなく「感動した」そぶりをし、
人を追いつめ、人にストレスをたまらせ、人を狂わせる、
梨園にまがうばかりに二世、三世のみたまる議会とは何か?

私がそれをたえるならば私はたまるだろう
私はそれをたえた
私はたまった
(この推論は正しい。)
私がそれをたえるならば私はたまるだろう
私はたまらない
私はそれをたえたことがない
(この推論も正しい。これは先の推論の適切な否定の形である。)

私がそれをたえるならば私はたまるだろう
私はたまる
私はたまった
(この推論は正しくない、このような生き方も正しくない。)

政治家だけがたまる国、
朦朧として発狂もしない国はたまらない。

2009/03/21

2009年3月20日金曜日

春のカタログレゾネ

(万葉集)大伴家持の歌より

  二十三日興によりて作る歌二首
春の野に霞みたなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも(巻十九・四二九0)

わが屋戸のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも(同・四二九一)
  
  二十五日、作る歌一首
うらうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独りしおもへば(同・四二九二)
  春日遅々に、うぐひすまさに啼く。悽惆の意、歌に非ずしては撥ひ難きのみ。よりてこの歌を作り、もち  て締緒を展ぶ。(以下・略)

(古今集)
    
  家にありける梅の花のちりけるをよめる  つらゆき
くるとあくとめかれぬ物を 梅の花いつの人まにうつろひぬらん
  
  なぎさのゐんにてさくらをみてよめる   在原業平朝臣
世の中にたえてさくらのなかりせば 春の心はのどけからまし

(枕草子)

春はあけぼの。やうやう白くなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。

(源氏物語)―朝顔―

雪のいたう降り積もりたる上に、今も散りつつ、松と竹のけぢめをかしう見ゆる夕暮れに、人の御容貌も光りまさりて見ゆ。
「時々につけても、人の心をうつすめる花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に雪の光りあひたる空こそ、あやしう色なきものの身にしみて、この世の外のことまで思ひ流され、おもしろさもあはれさも残らぬをりなれ。すさまじき例に言ひおきけむ人の心浅さよ」とて、御簾まきあげさせたまふ。月は隈なくさし出でて、ひとつ色に見え渡されたるに、しをれたる前栽のかげ心苦しう、遣水もいtいたうむせびて、池の氷もえもいはずすごきに、童べおろして雪まろばしせさせたまふ。

(徒然草)

第四十三段
春の暮つかた、のどやかに艶なる空に、賎しからぬ家の、奥深く、木立もの古りて、庭に散り萎れたる花見過しがたきを、さし入りて見れば、南面の格子皆おろしてさびしげなるに、東に向きて妻戸のよきほどにあきたる、御簾の破れより見れば、かたち清げなる男の、年廿ばかりにて、うちとけたれど、心にくゝ、のどやかなるさまして、机の上に文をくりひろげて見ゐたり。
いかなる人なりけん、尋ね聞かまほし。

第四十四段
あやしの竹の編戸の内より、いと若き男の、月影に色あひさだかならねど、つやゝかなる狩衣に濃き指貫、いとゆゑづきたるさまにて、さゝやかなる童ひとりを具して、遥かなる田の中の細道を、稲葉の露にそぼちつゝ分け行くほど、笛をえならず吹きすさびたる、あはれと聞き知るべき人もあらじと思ふに、行かん方知らまほしくて、見送りつゝ行けば、笛を吹き止みて、山のきはに惣門のある内に入りぬ。榻に立てたる車の見ゆるも、都よりは目止る心地して、下人に問へば、「しかしかの宮のおはします比にて、御仏事など候ふにや」と言ふ。
御堂の方に法師ども参りたり。夜寒の風に誘はれくるそらだきものの匂ひも、身に沁む心地す。寝殿より御堂の廊に通ふ女房の追風用意など、人目なき山里ともいはず、心遣ひしたり。
心のまゝに茂れる秋の野らは、置き余る露に埋もれて、虫の音かごとがましく、遣水の音のどやかなり。都の空よりは雲の往来も速き心地して、月の晴れ曇る事定め難し。

(奥のほそ道)

彌生も末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は在明にて光おさまれる物から不二の峰幽かにみえて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。
 
行春や鳥啼魚の目は泪
 
是を矢立の初として行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと、見送なるべし。

(菊花の約・雨月物語)

青々たる春の柳、家園(みその)に種(うゆ)ることなかれ。交はりは軽薄の人と結ぶことなかれ。楊柳茂りやすくとも、秋の初風の吹くに耐めや。軽薄の人は交はりやすくして亦速かなり。楊柳いくたび春に染れども、軽薄の人は絶て訪(とむら)ふ日なし。

(蕪村の句より)

春雨やもの書かぬ身のあはれなる

うたゝ寝のさむれば春の日くれたり

行春やおもき頭をもたげぬる

ゆく春やおもたき琵琶の抱ごゝろ

春雨や身にふる頭巾着たりけり

遅き日のつもりて遠きむかしかな

筋違ひにふとん敷きたり宵の春

等閑に香たく春の夕哉

さしぬきを足でぬぐ夜や朧月

椿落ちて昨日の雨をこぼしけり

誰がためのひくき枕ぞはるのくれ

春雨や小磯の小貝ぬるゝほど

春の海終日のたりく哉

曙のむらさきの幕や春の風

しら梅に明る夜ばかりとなりにけり

行く春や同車の君のさゝめごと


(杜甫)
春夜喜雨

好雨知時節     好雨時節を知り
当春乃発生     春に当たりて 乃ち発生す
随風潜入夜     風に随ひて 潜かに夜に入り
潤物細無声     物を潤して 細かに声なし
野径雲倶黒     野径 雲 倶に黒く
江船火独明     江船 火 独り明らかなり
暁看紅湿処     暁に紅の湿れる処を看れば
花重錦官城     花は錦官城に重からん

(白居易・和漢朗詠集)

惆悵春帰留不得  紫藤花下漸黄昏

悲しくてなりません。春を惜しんで引き留めようとしても、そんなことにかまわず春は帰って行ってしまうのですから。晩春の花である藤の花のあたにも、春の最後の一日が暮れて、すでにたそがれの色がこめてきました。


「徒然草」の44段は季節は秋なのだが、43段の春と対になっているので、引用した。源氏物語の「朝顔」からの引用は、式部の季節のとらえ方が人物の心と不可分な形で選択され描写されているということを言いたいがため。以上の引用をもとに、自分なりの、古典作品による―春のカタログレゾネ―を作ってみた。これをもとにして、昨日国立公民館主催の、「古典への招待」という肩の凝らない集まりで2時間しゃべってきました。聴講してくださった人たちに感謝します。今朝近くの公園を過りました。夜来の雨と風で椿が落ちていました。
まさに夜半翁の句の風情そのものでした。春ですね。

椿落ちて昨日の雨をこぼしけり

2009年3月15日日曜日

幻境

暖かい日曜日。女房と二人で川口図書館まででかけた。川口というのは、八王子駅から秋川街道をバスで行って30分近いところ。八王子の近郊だが、五日市などにも近いところで、明治時代、自由民権運動の盛んなところでもあったし、何よりも北村透谷の「三日幻境」の舞台である。そこの「川口やまゆり館」という八王子市設置の市民センターのなかに図書館がある。そこで、きだみのる、の小さな特別展示が行われていたので、それを見に行ったのだ。なんのことはない、きだの少しの本と顔写真が展示されているだけだ。でも、この「特別展」が、ここで行われることに、それがどんなにささやかなものであれ、意義があるのだ。一月下旬の新聞の地方欄でこのことが報道されたときに、びっくりした。よく知られているように、きだみのる、本名山田吉彦は、その流浪の人生の半ばころに、八王子の恩方(川口とは少し異なる)地区に住み、そこでの見聞を『気違い部落週游紀行』という、今ではことさらなタイトルとも思えるのだが、そのもとに、冷静客観の社会学的な立場・観察で記録し、それがベストセラーになるということがあった。このことは八王子という地域にとっては、その地霊的なものといったほうがいいだろう、ひとつのトラウマになっていて、きだみのるという天性の自由人、旅人を真に顕彰するというようなことは今まであまりなかったと私は思う。
今日、そこに展示されている昭和25年4月号の懐かしい総合雑誌『人間』を手に取った、ボロボロになりそうだが、まだ大丈夫という感じもあった、そのなかの、きだと林達夫の「書翰往復・コスモポリタンの生活信條」という頁。承諾を得て、200円近くでコピーした。
帰りのバスのなかで、川口出身の生徒のことを思い出した。名前も。これはめずらしいことだった。

気ちがいと自らを呼ぶ遅き暮れ
一粒の辛子のようにきだみのる
出不精の蝶に逢う日のファーブル        蕃

2009年3月13日金曜日

静けさ

高貝弘也さんの、第39回高見順賞、受賞の式とそのあとの祝賀会に出席した。松山巌と中村桂子がお祝いのスピーチをした。とくに生命誌を専門とする中村さんのスピーチは素晴らしかった。高貝さんの詩のもつ大きな射程を、専門外ですけどと断りながら、理系の人が思いをこめて述べるのを聴いた。このひとの文章は教科書にも載っていて、素晴らしいと思ったものだが、高貝詩の「静けさ」を静かな命に寄り添う「稀有」なもので、高貝の詩自体が、この現代における「奇跡」のようなものだとも断じた、それを実に静かに優しく語りかけるように述べた。中村桂子という人も「奇跡」である、と私は思った。天沢退二郎さん、藤井貞和さん、などに挨拶して帰る。二次会には行かなかった。


なぜか知らぬが、また季もずれているのに、蕪村の、

 
桃源の路次の細さよ冬ごもり


という句が終日頭というより、心の部位で私を待ち構えている。それに向って歩いているのだ。

2009年3月6日金曜日

冬の百合

長崎の五島出身の人。田中俊廣という人の詩集『時の波打際』(思潮社)の書評を書いて、今日入校した。来月号の「現代詩手帖」に載るだろう。32編も入っていて読み甲斐のある詩集だった。そのなかで書評では言及しなかった短い詩にもいいものがあったので、その詩を書いておこう。

光陰

季に背いて
生きることもある
冬の百合
その花の純白
冷えきった心の奥に
日溜まりのような
香りの壺が砕け散る

もう一篇、

 鳥影

 するどく
 時を裂く翼
 黒い森
 風の廻廊を抜け
 青を深める冬の海に
 いのちの影を
 くっきりと
 描いているよ

「光陰」「鳥影」とも、とてもいい詩だと思う。書き写していて、「青を深める」という表現が何かに似ていると感じたが、啄木の「やはらかに柳あをめる」だった。伊東静雄の研究者らしい。1949年生まれだから、ぼくより一歳下の人。同年代といってよい人の詩集だった。

2009年3月5日木曜日

ミモザ花咲く

アメリカ在住の娘からは昨日の弱気の日記は読むにたえないから削除せよ、物書きとして、自分の作品が批判されるごとに、こんな情けないものを書くつもりかときびしく批判されてしまった、もちろん、ぼくに対する励ましの気持からである。

でも、消さないでおこう。これを読んで、自分の戒めとしようと思うからである。なんの戒めかは、これは書かないでおこう。自分の胸の中に秘めておこう。

渡辺玄英のクリティックに対してcontroversialな対応をしてもよかったのだが、その元気が単純になかったのだった。この件にはここではもう触れない。

tabという発行物の主宰・編集は倉田良成がやっている。彼の書くもののすばらしさにいつも眼を瞠るのだが、先日web上の彼の日記に「ミモザ」の語が在った。私は驚いた。倉田さんの日記を読む以前から、このミモザの美しい黄色に魅せられていたのである。今日改めて、山の上の学校の傾斜地に咲くこの花を、庭に出てゆっくりと眺めた。その房状の花を触ってもみた。つややかで、やわらかな感触だった。

しばらくして猛烈に句を作りたいという衝動のようなものがわいてきた。こういう感じが最近なかったのだと思った。これを書いている今はもう消えてしまったが。それでもミモザの黄色の幻がちらついていて、友人たちとのコミュニオン(友愛)の光のようにも感じる。

ミモザの黄の柔らかなる日を愛す     蕃

2009年3月4日水曜日

凍死

寒い日が続く。書評の締め切りが迫っているのだが、書く気がしない。現代詩手帖3月号の詩誌月評で私の詩「凍死」(tab14 号)が痛烈に批判されていた。倉田さんに知らされて、雨の中5時頃に八王子に買いに出かけたのである。この欄の今年の担当者は渡辺玄英という詩人である。曰く、―21世紀の今、はたして杜甫と同じ大げさなノリで志を詠い、単純に悲憤慷慨することにどれほどのリアリティがあるのだろうか。たとえあったとしても「現在」の必然性がそこにあってしかるべきではないのか。私の疑問点はそこにある。― と。

この詩は、昨年末から今年初めてにかけての日比谷の「派遣村」のことをテーマに、そこに追い込まれた人々によせるシンパシーを、杜甫のある漢詩を借りて表現しようとしたものである。駄作ではあるが、悲憤慷慨などは私の最も苦手とするところであり、ただ杜甫の漢詩にすべてを語らせようとしたつもりである。その配合、現代の悲惨と杜甫の慷慨の取り合わせは、確かに―「現在」の必然性―という点からいえば、甘かったし、書いた時もそう感じていた。そのことは私自身が、この派遣切り、派遣村などの「現実」を把握しきれていない、もっとぶつかるべきなのに杜甫などで逃げてしまったということに帰着する弱さのせいだと思っている。―大げさなノリ―などになりようはなく、そういう気分をむしろ相対化するようなことも書いたつもりだが、結末の繰り返しに、この詩の失敗があったと思う。あそこで繰り返すほど逆に作者は鬱状態だったのだが、そこをすくわれてしまった。明らかな失敗作だ。そういうことをはっきりと知らしめた渡辺に感謝すべきだろう。

私の詩のあとに、渡辺は小峰さんの詩をとりあげて次のように書いている。こういう評言は一般的にも必要のない、意味のないものだ。

― 完成されて上手いけれど退屈な作品と、スキルに難があって未熟でもビビッドな何かを感じさせてくれる作品とでは圧倒的に後者を支持したい。―

この部分は改行して他の作品にふれはじめるその冒頭に置かれているから、私や小峰さんの作品について言っているのではないかもしれないが、前者が私の作品のことであり、後者が小峰さんの作品について言っているとしたら意味のないことである。

この文章とは関係ないことだが、私は小峰さんの作品を「省略が多くてもの足りないところもあるが心に残る佳品だった」、要するに「スキルに難があって未熟でもビビッドな何かを感じさせてくれる作品」などというようには読まない。省略自体、その短さ自体が大きな意味を持っている作品である。まして、スキルに難があるなどとはとても言えない。

寒い。もう寝よう。