2012年3月26日月曜日

吉本隆明を想う

昨晩、再放送と思われるが、ETV特集の吉本隆明の講演(2008年7月19日に昭和女子大の講堂で行われた)を視聴した。凄い数の聴衆を前に長時間の「芸術言語論」の話をする元気がまだあったということを思った。その一年後の思潮社主催「これからの詩はどうなるか」というタイトルで開かれたシンポジウムの記念講演のときの話も前年のものにつながっていたのだと改めて思ったが、体調はあきらかに悪かった。それから吉本の最後の肉声がきこえるものとしては雑誌『飢餓陣営』36号がある。他にも糸井氏などが訪問して収録したものがあるのかもしれないが、これは『飢餓陣営』の佐藤幹夫さんが2011年4月19日と26日の二回、吉本さんの自宅に行き、その話を収録したもの。「吉本隆明と東北を想う」というタイトルの特集記事(聞き手・編集―佐藤幹夫 編集・校閲協力―小川哲生)として読める。そこで人間の生と死について、宮沢賢治はたぶんこう考えていたという文脈で語っている部分。

―銀河系が死ぬときが人間の死であるということが生死について言えることであり、あとは個々の人によってみんな違う。偶然も必然も含めて、訪れる死というものはすべて違う。こういうことを統一的に、これが人間の死であり、これが生であると決めつけてしまったり決定づけてしまったりすることは、本当は誰にでもできない。それが宮沢さんの考え方なのではないでしょうか。…ぼくならぼくがいつ死ぬかというと、八十いくつだから、まあもうすぐ死ぬでしょうけれど、何年の何月何日に死ぬということは絶対的に言えないわけです。宮沢さんの考え方のように言えば、銀河系と一緒に死ぬんだということであり、それまでは生きるさ、ということです。個々の人間は鎖の一つみたいなものであって、全部でもないし部分でもない。…個々の人間の生死は決定づけることができない。そのことは自明の理であって、そこが宮沢さんの考えの一番の根底にあった。だから仏教はだめだし、そこまで行くと宗教はだめだ。科学もそうだし、次の社会には自由で平等な時代が来るというような考えも宗教で、そんなことは誰も分かりはしないし、誰も予言できない。そんなことをいうのは宗教と同じで意味がない。まして個々の人間を考えるかぎり、そういうものは意味がないんだ、というように、宮沢さんの思想のなかの無神論的要素とつながっていると思います。―


吉本隆明の死生観もこれと同じものだったろう。死生観というよりは、これは、世にあるそういう考えを否定したところに成り立つ吉本隆明の根底的な倫理(人間個々の生の具体性を手離さない自由の強靭さ、とでもいうべきもの)の声のような響きがする。
昨晩のテレビでは糸井重里(2008年の講演のコーディネーター)が吉本の自宅を訪れて講演の感想などを語り合う場面も写っていた。床の間の掛け軸の書が見えた。それは虚子染筆の自句「其のまゝの影がありけり帚草」であった。昭和5年の句で、この句を含めて三句同時につくられている。

帚木にかげといふものありにけり
帚木に露のある間のなかりけり
其のまゝの影がありけり帚草

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