2009年5月19日火曜日

お互い、死ぬまで

木曜日(14日)、和史と立川ルミネ8階でデート。

その日に21年ぶりの教え子からのメールを見る。五十名近いクラスが一学年十組もあった当時の高校の卒業生。驚きとなつかしさと。

土曜日(16日)、拓也と、養老の滝で飲み(といってもほとんどぼく一人でだが)、そのあと拓也を拙宅まで無理に連れ込む。ごめんなさい。大いなる間違いを犯していた。彼は今年就職したのだと思っていたが、修士の2年目だったのだ。いくつか蹴ったが(これが彼の力量)、行く先は決まったということである。日本を代表する有名なシンクタンクである。女房いわく、すばらしい教え子たち、それに比して?

土曜日の晩、日曜日に長駆北海道に軽トラでゆく和史に「気をつけて」とメールを送る。

日曜の朝、ぼくが今まで人からもらった手紙やメール類のなかで一番感激した(といえば大げさだが)短いメールを和史からもらった。忘れないために書いておく。

― お互い、死ぬまで、果敢に書き続けよう。―

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