2009年6月12日金曜日

雨杜鵑座禅豆

『常磐屋之句合』(延宝8年1680・芭蕉37歳)のなか、第九番。


夕べかな雨杜鵑座禅豆

右 勝
麦飯やさらば葎の宿ならで

これは杉風の自選句25番に芭蕉(栩々斎主人桃青)が評語(判詞)をつけたもの。野菜類の句合で遊びなのだが面白い。この判詞は「左の句、雨の夕べの淋しさをいはんとて、座禅豆といひ、郭公に慰めたるさま、興ありてきこえ侍れども、葎の宿ならぬ麦飯こそ猶珍しけれ。」とある。右がいいというのだが、この句は謡曲『定家』の「さらば葎の宿ならで外はつれなき定家葛」という詞が下敷きになっているということで、その良さがよく私にはわからないのだが、「麦飯」との取り合わせに、談林風にも飽きたらぬ勢いになってきた芭蕉たちの新風への動きが現れているのだろうか。左句はまさに取り合わせそのものといっていい句だ。「座禅豆」が俳諧の焦点をつくるわけだが、これを知らない。辞書で引くと「(座禅の際、小便を止めるために食べる習慣があったということから)黒豆を甘く煮た食べ物。」(大辞林)この句はまた新古今の俊成の歌「むかし思ふ草の庵のよるの雨に涙なそへそ山ほととぎす」を本歌的なものとして意識しているとも、岩波旧大系『芭蕉文集』の頭注からは読める。親と子の対決でもあるのだ。この句合わせの芭蕉の跋文がまた非常に面白いが、そのことについて書くエネルギーがない。

今朝(11日)、6時から8時まで湯殿川。傘をさし、合羽を着て歩いた。小学生の登校と行き違いながら家に帰った。雨はずっと降っていた。そのとき何かを思っていた。小学校の裏門が川の堤側にあるのだが、十本あまりの大きい、紅のタチアオイが咲いている。裏門に似合う花だと思っていたのだろうか。歩いていると気分が昂揚してくる。そういうとき何かを見ている、なにかを思っていると考えがちである。「見える」のではない、「見る」のだ、見えると見るがそのとき一致するというような、昔読んだだれかのものに書いてあったな、そういう一瞬が訪れる。梶井基次郎の『ある心の風景』(大正15年8月)の一節、
―「ああこの気持ち」と喬は思った。「視ること、それはもうなにかなのだ。自分の魂の一部分或は全部がそれに乗り移ることなのだ。」―
という思い。最近はこの言葉を無意識のなかに探っていたのかもしれない。それと芭蕉がどう関係するのかまだよく分からないが、たぶん全く関係ないのだろうが、こういう思いに芭蕉をつなげてみたい気がする、したからここまで書いてみた。

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