2009年7月12日日曜日

不運と奇蹟

大分の柳ヶ浦高校のバスの横転で、生徒が一人死に、そのバスを運転していた野球部の副部長の若い教諭が逮捕された。マイクロバスを教諭が運転して、練習試合などに何部であれ生徒を連れてゆくということが、その部の監督や関係者の熱心さとして語られることが、よくあった。たとえば長崎で有名な高校のサッカー部の監督で、今は政治家になった某氏なども自分の運転する車で生徒たちを遠征につれていったのである。それは貧しい予算しかない公立高校の、しかし熱心で情熱のある名物教師としての公私をわかたぬ指導の一環という具合に美談として語られてきたのだ。この柳ヶ浦という高校は私立で、野球に特化した一面もある高校のようだ。余計にいたましい気持ちになる。この教諭は野球が好きで、ここに勤めを得ることができたのを喜んだろう。しかし、彼は車の運転もしなければならなかった。喜んでか、いやいやながらかよく分からないが。長崎の例のサッカー部の監督も、もしこういう事故に遭っていたら、今の彼はありえないことだ。下積みの一環として、若い野球好きの教諭として、副部長という名はいただきながら、ここから始めなければならなかったのだろうか。どうして、こういうことを教諭にさせるのだろうか?なによりもこの事故で亡くなった野球部の生徒のことが悔やまれてならないのだが、この逮捕された先生も可哀想でならない。まだ30歳前で、この人も運命の路線が異なれば、長崎サッカー部監督(その後の政治家への転身)やそれよりも名物野球部甲子園常連野球部の監督の路線も用意されていたろうに。

こういう事故を起こして、そしてその亡くなった部員の保護者の「ぜひ大会には参加してほしい」という「お言葉」があったとして、夏の大会参加を宣言した学校、それを後押しする県の高校野球連盟、私はこの参加の決定が理解できない。本当に悪いのは誰だろうか?この学校のシステムであり、高野連である。一人は死に、一人は逮捕された。逮捕された一人にすべての責任があるのではない。運転を教員にさせて、それが当然だと思ってきた高校スポーツに限らないが、日本のスポーツ界の悪しき伝統とそれを美化する儲け屋メディアたちである。

私の郷里は徳之島である。今日のニュース、夏の甲子園の鹿児島予選で、徳之島高校が鹿児島実業に延長13回でサヨナラ勝ちしたという記事がasahi.comのトップ記事に写真付きであった。このことを、奇蹟のように思い言祝ぎながら、徳之島高校という離島の高校が野球がらみでこれからたどらなければならない運命を考えると複雑な気持ちにもなる。

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