2008年8月1日金曜日

連詩『卵』(9.June--1.August) by FARM


わたしは生きる、と書いたあとに
撮影所に出る川べりを歩いている。
ひとつの主題として
梅雨空の下の容器から
音楽のなかに卵をとりだす。その前に
黒い点となって消えようとする人影を追った。 (健二)


蜜蜂たちの大量失踪の映像を見たあとに
受粉を待つ雌蕊のことを思った。
果実、卵、すべての無言の形が消えて、白い
鋼の色が叫んでいる交差点。
「ないということさえない」破れた殻のなかに
小さな鼓動とかすかな蜜の味、浅い朝に。  (英己)


雲の上、太陽の黒点が増えてゆく
路面にあいた無数の穴が土色の水を溜めている
男は交差点を左折して
向い側の白い壁の割れ目に入っていった
パソコンに向かうと
色のない夢の中のように体が冷えてくる      (豊美)


成城学園前から千歳船橋へ
千歳船橋から千歳烏山へ
バスで移動した。
ちがう街の空気、穴と割れ目の
隠し方をそれぞれに工夫しているから
卵にむかう理由も変化する。         (健二)


片倉の蓮池で翡翠を見た、2度目だ。
望遠レンズのカメラたちもじっと見つめている。
とても小さな、それでいて梅雨空を輝かせる宝玉。
水面に垂れている細い枝に軽く止まっていたが、
水に突っ込むと、スーッと空に上昇して行った。
そのことを思っていた、その姿も。          (英己)


ねむれない夜、
わたしから遠く、夜のはてを
鳴きながらわたってゆくものがある
あれは何だ、夜明けを知らせる鳥のような
かすかな光を運んでゆくいのちの歌声のような
天に近く、ねむれない私からはるかに遠く、         (豊美)
  

出会う卵を割らないように
ゆっくりと歩く。歩きながら見ている
捜索者の夢。暗い通路の先の
水辺に映る
わたしの影の上を
一羽の可憐な鳥が飛ぶ。         (健二)


ヨルダン川の
ヨハネのように
湯殿川の
鵜が羽を広げていたのだ。
呼びかけられている、ただ呼びかけられているのに
卵生の異形のもの、などと思って見慣れた花に目をそらすのだった。   (英己)


破壊された戦車の下で微笑んでいた、
ゴラン高原の写真集で。
天使の足元から話しかけてきた、
サンタンジェロ橋の石畳で。
三浦半島の崖では鳥の巣のようにむらがって、
風に吹かれている。あの小さな薄桃色の花     (豊美)

10
『花の慕情』という五〇年前の映画の
花と司葉子。死んでいる卵のなかの
二種類のいのち。ただ立つものと
立って歩くもの。風のなかの
枝たち、どんな美しさをおそれあって
物語の崖をとびおりる鋏に切り落とされるのか。    (健二)

11 
半夏生の葉脈の白さをまだ見ない。
夏至にも気づかれることなく生活は過ぎてゆく。
貧しい卵をあたため、急に夏の盛りに
出遭う。ほのかな少女のあせばむ白いブラウスの夢。
浅い根の生きものたち、その秘められた感情の
最初のページにリスト・カットの血がにじんだ。    (英己)

12
あたらしい少女たちがやってくる
壊れそうで決して壊れない彼女たちが
楕円形の物語から抜け出して来る
カミソリの刃のようなところを平然とこちら側に
渡ってくる、根拠のないものの軽快さで眉を上げて
スカートから逸脱した踊る脚どりで         (豊美)
                   
13
「少女たちは欲望されると同時に欲望している」
と批評家Aは書く。何からぬけだしたのか?
「ほんとうは、この先にたのしいことなんか
待っていない」とわかったステップで、烏山通りから
甲州街道に出る。いくつもの断層を
隠し切れずに、世田谷の夜は炭水化物をきらう。   (健二)

14
火曜日。ドローレスという名とともに、
隠されていたプロットがにじみ出した。
小さなアスターが背筋をまっすぐに伸ばしている。
パーマネント・ヴァケーションという映画の
タイトルを思い出す。茎から花冠へと昇る
悲しみに理由はない。             (英己)

15
積み上げられた積み木の家
想像される未来の乾いた空気
少女たちの中でいつまでも固まらないプロット
夏休みの予定表はあらかじめ組み立てられ
夕立が来て青草の匂いが急に高くなる。理由もなく
乳房が膨らみ、怒りのようなものが湧いてくる        (豊美)

16
日没の卵を救うために
破棄せよ、溺死者の夏休みも、投身自殺した哲学者のプロットも。
吸えるものならば未来の空気を吸って
京王線で府中に出る。
「何にでもなりうる」
動き、成長する小さな者たちとともに。         (健二)

17
「おじさん、卵を一つくださいよ」
猫とバイオリンをあげるから。
塀から落ちたハンプティ・ダンプティ
フクロウに頼んだ
雀に呼びかけた。
それを夕焼けが見ていた、見ていた。          (英己)

18
夕焼けの四谷大橋を渡って夜が窓の外まで来ている。
卵料理はすべて、卵を割るところから始まる。
ガス台の前に立って、
夜のメニューの1ページ目を開く。
ふと振り向くと、子どもらはまだ橋の上にいる。
夕陽を浴びて笑いさざめいている。      (豊美)


(note)

連詩『卵』が完成しました。
以前に連絡しましたが明後日8月3日(日)、午後5時から
国立の音楽茶屋『奏』で、この新作連詩の発表をふくめた、FARMの
「詩朗読LIVE」を行います。

(場所) 音楽茶屋 奏
   国立市東1-17-20サンライズ21 B1F
Tel 042-574-1569
JR 国立駅南口旭通りへ徒歩5分、右側地下1階

(料金) オーダー+出演者へのカンパ


久しぶりのFARMの登場です。「全力疾走」で、この蒸し暑さを吹き飛ばしたいと思っています。

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