2008年5月16日金曜日

朧月

 女房と猫の二人はこの情景を鬱陶しいというけど、ぼくは風情があっていいと思う。塗装のために家の周りに張られたネットのこと。普通の?シートとは異なり、こまかい網目状になっているから、外が見える。その見え方の朧さ。今日の月もそうだが、外界が霞みや靄の中から浮かび上がるようにしてしか見えないというのは、結構いい。これが全然遮断されていて見えないというのはまた違う気持に誘うだろうが、現在のぼくの気持はこんなもんだ。霞、靄にゆるりと遮蔽されている。それに音も普段より柔らかに聞こえる。退行現象の一つだろうが、まあ、いいではないか。

 閑話休題。『源氏物語』千年紀の話題が朝日新聞の夕刊の連載に取り上げられていた。その提唱者の角田文衛氏が亡くなった。源氏物語の興隆と交流のためにさまざまな努力を惜しまなかった人だったろう。ぼくが読んだのはこの人の膨大な著作のなかのわずかなものに過ぎなかった。中村真一郎との源氏に関する対談集や、平安末期の院政期の後宮の、これは何度読んでも覚えられない関係なのだが、一人の女性の伝記、多淫の父天皇(法皇)とその息子の天皇にも通じた女性の話。名前を忘れちゃった。博引旁証の藪のなかで、私は迷うだけという感じもあったが、読後感は悪くはなかった。式部に関して言えば、式部の「名」を考究したり、「夕顔」の巻の読解で、歴史地理的な博引を広げたりしたことなど、そういうことが、この人に対するぼくの貧しい知識のすべてである。享年95歳か。源氏アカデミズムとは一線を「画された」人のなかの一人ではあろう。

 大野晋先生も丸谷才一と一緒に取り上げられていた。

 源氏アカデミズムと変な物言いをしたけれど、本当はそんなものなどどこにもなく、それぞれの源氏があるだけ、ということかもしれない。霞のなかから、朧月がもっとも朧に見える夜だ。

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